渓谷へ2
「ふん、ふふーん」
野営地に馬車を止めて野営の準備をする。
エニたち女性陣は馬車の中で寝ればいいけれどジケが一緒にというわけにはいかない。
ちゃんとテントは持ってきているので設置する。
ここで積極的に手伝ってくれたのがミュコだった。
外の移動も多かったミュコはこうしたこともテキパキと行う経験がある。
鼻歌を歌いながらでもささっとジケとユディットを手伝ってテントを立ててしまった。
手際はエニよりも良かった。
夜のご飯は騎士たちが作ってくれた男らしい野営飯である。
お皿洗いとしてフィオスに協力してもらってピカピカに食べ物の残りを食べてもらう。
「スライムってのは便利なもんだな」
騎士が感心したように食器をきれいにするフィオスを眺めている。
魔法を使ってきれいにすることもできるけれど一枚一枚きれいにしていくのは意外と時間もかかるし面倒な作業である。
しかしジケは流れ作業でフィオスにお皿を差し出す。
するとフィオスはお皿を受け取って一度体の中に取り込みきれいにして反対からぺっと出す。
リンデランがそれを受け取って重ねていく。
非常に手早く手間もない。
お皿はピカピカでお皿だけでなくスプーンやお鍋までフィオスにかかればあっという間にきれいになっていく。
「フィオスはなんでもできますからね」
鍋をきれいにして中から出てきたフィオスを撫でる。
「なんでも……とはいかないが何事も使いようか」
「まあそうですね」
実際ジケはフィオスならばなんでもできると信じている。
過去なら分からないけど今のフィオスにはそんな信頼がある。
ご飯を食べたら軽く体を動かす。
騎士もいつ魔物に襲われるのかも分からないので激しい訓練はしないものの毎日の鍛錬は怠らない。
交代で手合わせする中にジケとユディットも加えてもらう。
ユディットの時よりもジケに対して厳しかった気はするもののいい汗をかけた。
布で囲った場所を作り、魔法使いの人がザバッと頭から水をかけてくれて体を清潔に保つ。
「ミュコ、近くないか?」
「近づいてるからね」
あとは交代しながら見張りをして就寝となるのだけどジケはまだ眠くなくてぼんやりと焚き火を見つめていた。
ジケの隣にはミュコが座っていてピタリと密着して少し体を預けているぐらいになっていた。
近いと言われるとほんのりと頬を赤くしながら微笑んでそうしているのだと答えた。
なんとなくジケを見る周りの騎士たちの目が冷たい。
「……最近はどうだ? 楽しくやってるか?」
この際だし近況を聞いておく。
過去と違って帰る拠点を設けての活動となっている歌劇団は大きな変化を迎えたといってもいい。
不自由なく活動できるようには気を遣っているけれど本当にそれで良かったのかはジケにも分からない。
「楽しいよ。おやすみ増えたし、お小遣いも増えた。ジケともこうしていられるし、友達もできた」
ミュコはジケの方に頭を預けて笑う。
放浪の旅をする生活も悪くなかった。
けれどこうして帰るべき場所があって友達や会いたい人がいて会いに行ける環境は良いなとミュコは感じていた。
「ぜーんぶジケのおかげ」
「そんなことないさ。ミュコや歌劇団のみんなの努力あってのことさ」
ミュコが良い子で守りたいとしても歌劇団がダメなところだったらジケも抱えていられない。
歌劇団が良いからジケも丸っといただくことにした面は否めないのだ。
「褒めてくれてありがと」
「汗臭くはないか?」
少し頭を傾けてミュコに匂いを嗅がれる。
水をかぶったとはいえ動いた後ではある。
臭くはないかとジケは苦笑いを浮かべた。
「ううん、臭くないよ。それに私はジケの匂い好きだな」
「そんななんか匂うか?」
「分かんない。でも嫌いじゃないよ。好き」
「まあ……ミュコがいいならいいけど」
耳元でミュコの声が聞こえて少しくすぐったく感じる。
「ふー」
「うぉっ!? ミュコぉ!」
「へへっ」
ミュコがジケの耳に息を吹きかけた。
流石のジケも少し頬が赤くなる。
「ダメです!」
「へっ?」
「ほら! 寝るよ!」
「連行!」
「えっ、ちょ、みんな!?」
ジケと近距離で見つめ合うようになったミュコをいきなりリンデラン、エニ、ウルシュナの三人がガッと捕まえた。
そしてそのまま寝る予定の馬車に引きずるように連れて行く。
「……おい、なんかこの水しょっばくねえか?」
「あなたも恋人作りなさいな」
そんなジケたちの様子を見て泣いている騎士もいたとか、いないとか。
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