渓谷へ1

 ゼレンティガム家の行動は早く、次の日には渓谷に向けて出発した。

 早めの移動のために移動は馬なのであるがジケは馬に乗れない。


 いつかのために練習しとかなきゃいけないかなと思うけれどそんな時間もない。

 結局は馬車もあるしジケの中での優先度は限りなく低いのである。


 今回も馬車での移動であるのだけど馬車に乗っているのはジケだけではない。


「ほんでさ、こないだ授業で……」


 まあウルシュナがいるのはいいとする。


「モーダス先生の授業は特殊ですもんね」


 リンデランがいるのも理解はできる。


「あっ、その先生変だよね」


 エニがついてくることもよくあること。


「へぇ〜私もアカデミー行ってみたいな」


「……なんでミュコがいるんだ?」


 馬車にはウルシュナ、リンデラン、エニに加えてミュコが乗っていた。


「なんでって……暇だから?」


 兵士を辞めて時間の余裕ができたエニは最近オロネアに魔法を教えてもらいながらアカデミーの授業も受けている。

 リンデランやウルシュナといることもあるようで三人でアカデミーの授業話に花が咲いていた。


 そしてその話をミュコは羨ましそうに聞いている。

 たまたまミュコは家にいた。


 ジケとエニが馬車に乗り込んだところにミュコも何食わぬ顔をして馬車に乗り込んでいた。

 ジケは止めようとしたのだけどミュコはエニと話していてジケが口を挟む隙を与えず、出発の時間もあるのでしょうがなく連れてそのまま行くことになったのだ。


 これまでは国から国へと渡るようにして公演を行なっていた。

 拠点を定めた今その時と同じようなスケジュールで公演を行うと移動が少ない分歌劇団にも結構余裕があった。


 あまり公演スケジュールを詰めるつもりもないらしくミュコのスケジュールも比較的余裕があるものとなっていた。

 ジケとエニが行くなら何かやるのだろうとミュコもついてきた。


 ジケが何か言いたげだったからエニと話し込んで何かを言われるのを封じたのである。

 ミュコの作戦勝ちだ。


「ちゃんと言ったのか?」


 渓谷までは距離がある。

 日帰りとはいかず数日がかりでの討伐になってしまうのでニージャッドが心配してしまうと思った。


「もちろん言ってない!」


 ミュコは爽やかな笑顔を浮かべる。


「そうだよな……」


 ミュコはジケとエニどっか行くのでついてきたのだ。

 当然数日帰らないなど伝えているはずはない。


「ジケのところなら何日か帰らなくても大丈夫だから!」


 これまでも普通にジケの家で生活していたことがあるミュコなので数日ぐらいならいなくてもニージャッドはジケの家にいるのだろうなと考える。

 ある種信頼と実績があるとでもいえばいいのかもしれないが流石に家を離れて数日いないのは言っておかねばならないだろう。


「まあちゃんと伝えてくれてるとは思うけど……」


 ただジケもそこらへんは考えていた。

 家を出てゼレンティガムでウルシュナたちと合流した時にゼレンティガムの騎士にニージャッドに伝言を頼んでいた。


「ここまできたらもうどうしようもないけどさ」


 まだ戻ろうと思えば戻れるようなところではあるが出発してしまったので諦めようとジケは思った。


「えへへ〜」


 そう思えば過去でもミュコは少し強引なところがあったなとジケは思った。

 そのおかげで過去では仲が良くなった。


 ミュコのちょっとした欠点でありながら良いところでもある。


「それで、どこに行って何するの?」


「あれ、それ知らなかったんだ」


「うん、それに触れると帰されちゃうかなと思って」


 上手く会話を続けてジケにつけ入る隙を与えなかった。

 何をしに行くの聞いてしまえば捕まってしまうので聞かないようにしていた。


 だから何をするのか知らなかった。


「魔物を倒しに行くんだ。遊びに行くんじゃないんだ」


「ふふっ……」


「リンデラン、笑い事じゃないぞ」


 目的を聞いてミュコの顔がパァッと明るくなる。

 そして腰に差した剣をジケに見せつける。


 奇しくもちゃんと準備はできてるよということなのだ。

 ジケとエニがちゃんと武装していたのでミュコも自分の剣を持っていたのだけど、ジケにアピールするミュコが可愛らしくてリンデランは思わず笑ってしまった。


「他の準備もしてないのに……」


「まーまー、私たちの服貸してあげるからさ」


 みんなしてミュコをかばう。


「ミュコも無理すんなよ? 怪我なんかしたら俺がニージャッドさんに怒られるんだから」


「ちゃんとジケのいうこと聞くから大丈夫!」


 そうは言うもののジケの言うことを聞かないようにしてここまでやってきたのはミュコである。

 ジケは小さくため息をついて馬車の窓から外を見る。


 ワタワタとしているうちにだいぶ日も傾いてきていた。

 人が多いと色々と話すこともあって時間が経つのが早い。


「皆さま、この先に野営地があります。少し時間は早いですがそこで野営することにいたします」


 道中町などがないところでは他の人が野営した跡があるところがある。

 そうした場所がないところや間に合わない時には仕方ないけれど、そうしたところがある場合自然の環境を荒らさないように野営をした跡をそのまま利用することがある。


 渓谷までは途中に町が少なくて他の通行者が野営をする場所がある。

 まだ移動できそうな時間ではあるけれど適当な場所を見つけて野営をするよりすでにある野営地を利用する方がいい。

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