問題発生2

 病気で弱っていた時とは性格が大きく変わっている。

 こちらの元気な方が本来のシハラなのだろうと思う。


 いつか自分もジケの騎士になるとユディットに鍛錬をつけてもらっている可愛いやつであるとジケは思っている。


「馬車ですね。今取って参ります!」


 ユディットは走って家を出ていく。

 馬車も元々は商会の方に置いていたのだけれど今はユディットかリアーネがいれば魔獣で馬車を引けるので家の近くに止めてあるのだ。


 窓からキックコッコたちが見張ってくれているので盗まれればすぐにわかる防犯機能付きである。


「ジケのアニキはまた何かやるんですか?」


「ん? まあ色々とやってるよ」


「さすがアニキ!」


 何をしているとも言ってないのに目を輝かせるシハラ。

 もはや息をしているだけでも憧れてくれそうな勢いがある。


「最近頑張ってるみたいだね」


「いつか兄さんのように僕もアニキの騎士になるんだ!」


「あはは、嬉しいこと言ってくれるね」


 都合上ジケはユディット、リアーネ、ニノサンと三人の騎士を抱えている。

 ただ普通の人は騎士なんて抱えない。


 ありがたいことではあるのだけどなかなか責任あって大変だとも思う。

 またいつか騎士が増えるかもしれない。


 もうちょっと稼がねばならないなと思う。


「会長、馬車も持って参りました!」


 程なくしてユディットがまた家の中に入ってきた。

 窓の外にユディットの魔獣であるジョーリオが繋がれた馬車が見える。


 馬を繋いでいないので馬車ではないような気もするけれど蜘蛛車じゃ語呂も悪い。

 ジケはシハラに軽く手を振って馬車に乗り込む。


「今日はなんのご用事ですか?」


「知らない。来てほしいと言われたんだ」


 軽く話せることならその場で騎士に伝えさせるだろう。

 そうじゃない用事であるということだ。


 ただ時間がある時でいいということはそれほど差し迫った用事でもなさそうである。


「厄介事でなければいいですね」


「そうだな」


 大きなクモが引く馬車は目立つし、みんな驚いて道を開けてくれる。

 歩くよりもよほど速く、あっという間にゼレンティガムのお屋敷に到着した。


「いつもご苦労様です」


「ジケ様ですね。お入りください」


 他の人には厳しいチェックをする門番もジケが馬車から顔を出すと微笑んで軽く馬車をチェックして門を開けてくれる。

 結構来ているので顔を覚えてくれたらしい。


 それでも完全になんのチェックもなく通さないあたりは流石である。

 馬車を止めてジケとユディットは執事にルシウスの執務室に案内された。


「おや、来るとは聞いていたが思っていたよりも早かった。呼び出して申し訳ないな」


「大丈夫ですよ」


「そこにかけて待ってくれ。処理しなければならない書類があってね」


「分かりました」


 ジケとユディットが執務室にあるソファーに座るとメイドさんが紅茶とお菓子を持ってくる。

 ルシウスは真剣な顔をして書類に目を通し、承認のサインを書く。


 ただ貴族なだけでなくそれなりの規模の所領を持っているルシウスには所領の関係でやらねばならないことも多い。

 書類仕事も貴族として、所領の持ち主としての義務なのである。


「待たせたな」


 何枚かの書類を処理して立ち上がったルシウスはジケたちの前に座った。


「領地を与えていただくというのは光栄なことだが責任も大きい」


「大変そうですね」


「まだ私の領地は安定しているからいい。もっと大変なところも多くあるだろう。その点で私のところはいいぞ?」


「えっ? あ、はい」


 何が言いたいのか分からなくてジケは曖昧に返事を返す。


「ふふ、君の時間を奪うのも申し訳ないから本題に入ろう」


 ルシウスは軽く笑う。


「もう出発の準備が整ったのですか?」


 不思議な会話は気にしないことにして話を進めることにした。

 呼ばれた理由としてはラグカに出発する準備ができたのかもしれないとジケは考えていた。


「準備は進めている。王を決めるための大会もまだ先であるしそこまで焦ることはない……のだが」


「何かあるんですね?」


「うむ、魔物が出たのだ」


「魔物ですか? ラグカに?」


「そうではない。ラグカには東にあるボージェナルから船で行こうとしているのだけれどその途中で魔物が出たのだ」


 ラグカとは海を隔てている。

 そのために船を用意して海を越えていくしかないのである。


 さらに船に乗るためには港がある町に行かねばならない。

 この国でも最大の港町が東にあるボージェナルだ。


 ジケにとっては海に投げ出されて悪魔教と戦ったことは今でも忘れない思い出深い町である。


「途中に渓谷があるのは知っているな?」


「はい」


 首都からボージェナルまでの間には崖に挟まれた渓谷を通っていく場所がある。

 特に問題が起きたこともなかった場所なので印象は薄いけれど、黒っぽい崖を眺めていたような記憶が少しだけ残っていた。


「そこに魔物が住み着いてしまったのだ。なかなか強い魔物で現在は通行止めになっている」


「通行止めって……あそこ通らなくてボージェナルまで行けるんですか?」


「行けはするがかなり遠回りになってしまう」


 ルシウスは小さくため息をついた。

 ボージェナルまで行くのに必ずしも渓谷を通らなければならないということはない。


 けれど渓谷を通らずに行こうと思うと相当な遠回りになってしまうのである。

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