乙女たち
「ウーちゃん?」
リンデランがウルシュナの頬をつつく。
しかしウルシュナはフィオスを模したような青いクッションを抱えたままぼんやりとしている。
一緒に食事をしたジケが帰り、リンデランはそのままゼレンティガムに泊まることにした。
立派なお風呂に入って寝る支度をして、リンデランの魔獣メデリーズとウルシュナの魔獣ヴェラインを出して、いつもならベッドで眠くなるまで話をする。
だけど今日のウルシュナはぼんやりとしててすぐに上の空になる。
原因は分かってる。
少し前の降って湧いたようなウルシュナの婚約話のせいである。
いきなりのことで理解がまだ追いついていないということもあるけれど、やはりウルシュナの中で大きいのはジケだった。
最終的にはフリであって仮の婚約者ということだった。
それでもジケは嫌がることもなく婚約者のフリをすることを引き受けてくれた。
ウルシュナを助けるために戦ってくれることも快諾してくれた。
嬉しくないはずがない。
自分のためにジケが頑張ってくれようとしていることを考えると胸がドキドキして他に何も考えられなくなるのだ。
ほとんど知らない国で誰か知らない人と結婚なんてしたくない。
それならジケがいいとすら思ってしまう。
いや、ジケでいい。
「ウーちゃん!」
「あっ、うん……ごめん」
「もう!」
リンデランは拗ねたように頬を膨らませる。
もちろん友達であるウルシュナが他の国に行って結婚してしまうなんてリンデランも嫌だ。
けれどジケが関わる以上好きにさせることなんてないだろうと思うのでそこは心配していない。
そうなるとウルシュナのことをズルイと思ってしまう自分がいる。
仮とはいっても婚約者。
しかも自分のために戦ってくれるなんてすごくカッコいい話ではないか。
「顔赤くして……心配じゃないんですか!」
「それは……」
誰かと結婚させられるかもしれないなんていう心配よりも別のことが心を占めている。
珍しく強めに頬を指でつつくリンデランにウルシュナは苦笑いを浮かべる。
「まあ……ジケなら…………大丈夫だと思うし。あとは……」
最悪ダメなら逃げる。
全部捨ててジケのところに行く。
サーシャがジケに責任とって匿えと言ったのでジケが負けたらそうなるだろう。
神女から逃れるためにジケのところで暮らして、最後には子供まで作ってと考えるとそれも悪くないかもしれないなんて思うのだ。
再びウルシュナの顔が赤くなる。
今のジケを見てれば決して苦しい生活にはならないだろう。
「ジケのとこなら別に? リーデとも会えるだろうし」
貴族の生活を捨てたってよさそうだと思えるほどのものはある。
「むむ! ウーちゃんが行くなら私も行きます!」
「リーデと一緒なら……それもいいかもね」
「むぅ〜!」
サラリと受け入れて顔を赤らめて笑うウルシュナにリンデランも少し顔を赤くする。
「……でもさ」
「なーに?」
「ちょっとだけ……ムカつく」
「ウーちゃん?」
「なんで私のことなのに、私が関係ないんだろうって」
急に真面目な顔になったウルシュナはフィオスクッションに顔を押し付ける。
ジケのインパクトが強いけれどラグカの話も相当衝撃的なことだった。
一通りジケのことを考え終えて神女のことを考えるとムカムカしてくる。
いきなり神女に選んで勝手に大会で相手決めて。
そこにウルシュナの意思など一つもない。
よく考えるとすごい卑怯でムカつくことである。
仮にジケが引き受けてくれなくともウルシュナは神女になって結婚なんてしてやるつもりはない。
そう考えるとジケに頼るしかない自分が急に情けなく思えて、ウルシュナは落ち込み始めた。
「ウーちゃん……」
嬉しがったり落ち込んだり。
簡単な話ではなかったので仕方ないとリンデランも思う。
「えいっ!」
「わっ!」
リンデランはウルシュナに飛びつくようにして二人でベッドに倒れ込む。
「でもルシウスさんと戦うジケ君すごかったですね」
しょうがないから落ち込む話題から話を変える。
「うん、そうだね。お父様の強さもすごかったし諦めで戦うジケもすごかった」
ウルシュナは目を閉じてジケとルシウスの戦いを思い出してみる。
ルシウスの動きも今後の参考になりそうだと思ったけれど諦めずに食らいつこうとするジケの姿も印象的だった。
たかが手合わせ。
なのにジケは全力でルシウスにかかっていっていた。
その姿を思い出してまた少し頬が熱くなる。
これは重症かもしれない、とリンデランはウルシュナの様子を見ていて思う。
変な男に絡まれているとか理由をつければ婚約者になってくれるだろうか。
そんなことをリンデランも考えていた。
「何にしても神女になんてならない。意味分かんないもん。ジケがいて、リンデランがいて、みんながいるここがいい」
「私もウーちゃんと一緒にいたいです」
リンデランとウルシュナは寝転がったまま手を握る。
「ジケ君には頑張ってもらいましょう」
「そうだね。お風呂見せた恩返しってことにしておこう」
「いいんですか? そんな軽いことで」
「呆れた顔しながらそれでいいよって行ってくれると思うよ」
「確かにそうですね」
二人でクスクスと笑う。
きっとジケがいなかったら大事件だっただろう。
けれど今はジケがいる。
知らない人と結婚させられるかもしれないなんて心配はあまりなかった。
二人は手を繋いだまま眠りに落ちてしまった。
メデリーズとヴェラインが二人にそっと布団をかけて自分達は部屋に置いてある専用の寝床で寝始めたのだった。
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