感謝

 長く続いた内戦が終わりを迎え、シダルケイがイェルガルの新たな王となった。

 イェルガル国内は大きく沸き立った。


 辛い暗黒の時代が終わってようやく安寧が訪れるのだと新たな王の誕生を祝福した。

 あまりイェルガルに余裕もないけれど新たな王の門出を祝して盛大な祝いが行われることとなった。


 ジケたちはイェルガル国民ではないけれどシダルケイの勝利に大きな貢献をしたということで大事なお客として祝いに参加することになった。

 これから乗り越えていかねばならないことは多いけれど今イェルガルはシダルケイを中心として一つになっている。


 きっと乗り越えられるだろうと思う。


「こちら、シダルテイが拠点としていた家から発見されました。ジケ様のものですよね?」


 祝いが終わり、ジケはシダルケイに呼び出されていた。

 シダルケイの机には山のように書類が積まれている。


 長年の内戦の影響で処理せねばならないのことが文字通り山のようにあるのだ。

 せっかく王位についたシダルケイだったが寝る間も惜しんで色々な処理に追われていて、目の下にはひどいクマができていた。


 これだから王様ってやつは大変そうだなとジケは思う。

 書類の間のわずかなスペースに置かれた箱を手に持って中身を確認する。


 それは悪魔教に盗まれたピンクダイヤモンドであった。

 傷一つなく何事もなかったかのような輝きを放っている。


「ありがとうございます」


 盗まれた宝石を取り戻すためにずいぶんと遠回りをしたものだ。

 なんだって一国の王位争いにまで首を突っ込むことになったのかと思わず遠い目をしてピンクダイヤモンドを眺める。


「どうやらシダルテイはその宝石で他国に援軍を要請しようとしていたそうです」


「他国に……ですか」


「いくつか候補はあったそうですが……ベルンシアラという国が宝石に興味を示していたそうです」


「ベルンシアラ……知らないですね」


「この辺りでも有名な軍事国家ですよ。強力な軍事力を背景に他国の問題に兵力を出したりしています。大将軍であり国のトップが女王でして有名な宝石収集家なんです」


 ジケはあまり南方諸国について詳しくはない。

 興味もなかったし生活に大きく関わることがなかったから知る機会もなかった。


 ベルンシアラという国も記憶にはなかった。

 けれどもベルンシアラは意外と有名な国で国として傭兵をやっているかなり特殊な国家なのである。


「シダルテイはそちらの宝石を使ってベルンシアラに交渉を持ちかけたようです。ですがベルンシアラもバカではありませんからシダルケイが追い詰められている状況を見て上手く言い訳をつけたようです」


 ジケは運が良かった。

 あと少し悪魔教に追いつくタイミングが遅かったらベルンシアラの介入でシダルケイごと倒されていた可能性もあるのだ。


 ジケたちが早めに追いついたので悪魔教は逃げたり立て直すのに時間がかかってしまい、結果的に全てが上手くいっていたのである。

 少しでも何かが狂っていたらイェルガルは裏で悪魔教がはびこり、最後には他国に支配されるようになってしまっていただろう。


「以前にも言いましたがジケ様はイェルガルにとっての大恩人です。ジケ様がお望みになられないのでこのことを知る国民はほとんどいませんがこのシダルケイ・イェルガルは肉体が滅びるまで決して忘れません」


 デスクに手をついてシダルケイは立ち上がった。

 そして大きく頭を下げる。


「本当にありがとう。君はイェルガルの英雄だ」


「そこまで……」


 ジケとしてはただ王家の証を持ってきただけ。

 けれどもシダルケイにとってはジケが来てから全てのことが進み始めた。


 悪魔教との戦いではバルダーたち異端審問官やダンデムズたち魔塔の魔法使いの力も大きかったけれどジケがいたからイェルガルに入れたことは否めない。

 ざっくり言ってしまえばジケが連れてきたのだからジケのおかげで活躍したと言い換えても過言ではないとシダルケイは考えている。


 英雄とまで呼ばれるのは流石にと思ったけれどシダルケイはどこまでも真っ直ぐにジケのことを見つめていた。


「……どういたしまして。イェルガルが正しい方向に向かってくれて良かったです」

 

 多くの人が知らない隠れた英雄ならばいいかとジケは受け入れることにした。


「何か困ったことがあったらいつでも我が国を頼ってください」


「必要になったら手を借りることもあるかもしれません」


「むしろ恩をお返ししたいので頼ってくださると嬉しいです」


 ジケとシダルケイは握手を交わした。

 無事ピンクダイヤモンドを取り戻し、ついでにイェルガルを救うこともできた。


 悪魔教も倒せたしピンクダイヤモンドの弁償でヘギウス商会が路頭に迷う心配もなくなった。


「全部解決。あとは帰って……ゆっくり休みたいな」


 イェルガルでのもてなしは厚いけれどやはり一番落ち着くの我が家である。

 そろそろ安心できる我が家のアラクネノネドコのベッドで寝たいものであるとジケは思っていたのだった。

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