誇りある戦い3

「……クソッ」


 完全に離れたのか秤の力によって苦しんでいたみんなが立ち直り始めている。

 どこにどう逃げたのかも分からないしジケ一人では追いかけられもしない。


 今はこの乱れた状況を収拾するのが優先である。


「ジケ! 大丈夫!?」


 秤の力がなくなってエニがジケのところまで駆け寄ってくる。


「今回は無事だよ」


 ジケはエニに笑顔を向ける。

 フクリサが強かったから必死に防御していた。


 結果的にエニの希望通りに毛がなく戦いを終えることができた。


「エニ、この人の腕を治してあげて」


「いいの?」


「このままだと死んじゃうから」


 秤の男に見捨てられたフクリサは地面に倒れたままぼんやりと空を見上げていた。

 腕からは血が流れ顔色は悪い。


 けれどなぜか表情はスッキリしたような感じあるとジケは思った。


「ズルいよなぁ」


 暴れ出さないようにとジケとリアーネで見張る中でエニがフクリサの腕を治療する。

 流石に腕を生やすようなことはできないので傷口を塞いでこれ以上の出血を防ぐのである。


 治療の光に肩が包まれてわずかに痛みが和らいでフクリサはポツリとつぶやいた。


「何がだ?」


 フクリサのつぶやきに反応してジケは顔を覗き込んだ。


「同じだと思ってたら違ったんだもんな」


 フクリサはジケに視線を向けた。

 ズルいという割にはフクリサの顔には悔しさもない。


「……お前には相棒がいたんだな」


 フクリサは一人で戦っていた。

 けれどジケは一人ではなかった。


 フィオスがいた。

 フィオスと共に戦っていた。


「こっちは一人だってのにな……」


「……どうして再契約しなかったんですか?」


 ジケはふと気になった疑問を口にした。

 フクリサは魔獣を失ったために魔力もなく一人で戦っている。


 けれど魔獣を失っても再契約という再び魔獣と契約する手段も残されている。

 フクリサほどの実力があるならば契約する魔獣だって弱くないだろうとジケは思う。


 魔力があれば秤の力がなくとも普通に戦うことだってできるはずだ。


「……できると思うか?」


「えっ?」


「あいつは……ロイラは……俺のせいで死んだんだ。俺を逃がそうとして……あいつは犠牲になったんだよ」


 フクリサが目を閉じる。

 傭兵として活動していたフクリサは味方の失策から追い詰められてしまった。


 最後まで戦って死んでやろうなんて思っていたのだが出していたフクリサの魔獣であるロイラが言うことを聞かずに敵に突っ込んだ。

 当時の仲間たちがその隙をついて活路を切り開いたがロイラは逆召喚をする暇もなく倒されてしまった。


 フクリサは仲間たちに引きずられるようにして戦場を離脱して生き延びた。

 けれどもどれだけ呼び出そうとしてもロイラはもう二度と召喚されることは無くなってしまったのである。


「俺を逃がそうとして……死んだのに……俺があいつを裏切って再契約なんてできるはずがない……」


 フクリサは残っている腕で目を覆った。

 腕の下から涙が流れてくる。


「これは俺の罪であり罰なんだ」


 気持ちは分からなくないとジケも思った。

 仮に何かの理由でフィオスが倒されたのならジケは再契約しないだろう。


 できるということと実際やることは違う。

 ひょうひょうとした感じの人に見えていたけれど魔獣に対する思いは深い人であった。


「魔獣……大切にしろよ。無くなって分かるんだ。魔獣は単なる魔力を与えてくれるだけの存在ではないってな」


「……覚えておきます」


 ジケのフィオスを抱いた手に力が入る。


「……でも今の気分は悪くねぇ。腕は無くなって負けたけど……未来ある若者に負けたんだ。こんな最後も悪かねぇさな」


 魔力もない、利き腕も失った。

 悪魔教に協力して戦っていたしこの先どうなるかなど分かりきっている。


 しかし心底スッキリした気持ちがあった。

 秤の影響を受けないほどに魔力もほとんどない少年は魔獣と共に戦ってフクリサを倒した。


 フクリサは在りし日のロイラの姿を、共に戦った日々を思い出したような気がした。


「ありがとよ。俺を止めてくれて」


 どこかで死にたがっていたのかもしれない。

 破滅への道を歩みたくて悪魔教に入ったのかもしれない。


 でもジケと戦ってロイラのことを思い出した。

 この命はロイラが与えてくれたものなのだ。


 きっとこの先捕まって一生を過ごすことになる。

 けれども生きようと思えた。


 世界の全ての人がロイラのことを忘れても、フクリサだけはロイラのことを忘れないように。


「ふっ……お前のことも忘れられないだろうな」


 血が足りなくて痛いぐらいにぼんやりとした頭にジケのことが刻み込まれた。

 腕を奪った憎き相手。


 ただロイラのことを思い出させてくれた恩人でもある。


「悪かったな。そしてありがとう、ロイラ……」

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