誇りなき決闘5

「……あいつは!」


 少し下がったところで秤を持った男がジケたちのことを待ち受けていた。

 十数名ほどの兵士とフクリサもそばもにいる。


「貴様何者だ!」


 兵士はともかくこんな場所で秤を持った見知らぬ男がいたら警戒もする。

 秤の男から距離を取って止まり、カイトラスたちは武器を構える。


 ジケもエニを少し後ろに下がらせて武器を手にする。

 まだ護衛の兵士にも裏切り者がいる可能性も頭の片隅において周りを魔力感知で警戒もしている。


「……何者か。それは重要でしょうか?」


「なんだと?」


「今この世の中は不均衡で満ちています。均衡の保たれた世界にすることが私たちの使命であり、何者であるかよりも重要なことでしょう」


 何が言いたいのか分からない。

 カイトラスは秤の男の要領を得ない返事に眉間にシワを寄せた。


「より良い世の中にするためには均衡が必要です。魔神様が支配する世界こそ人にとって均衡なる穏やかな世界となるのです」


「悪魔教の狂信者か!」


 秤の男の考えは理解できない。

 狂信的に悪魔教を信じている人の考えはどこか狂っていて理解できるものではない。


 それに理解してはいけないとも言われている。


「相手は悪魔教だ! 油断をするな!」


 兵士たちの中でもシダルテイが悪魔教が関わっているかもしれないという噂は広まっていた。

 訳のわからない思想を垂れ流す男が現れたことと化け物のような姿になった兵士たちのことが繋がって悪魔教が何かをしたのだとみんな理解し始めた。


「今この状況はひどく不均衡です。均衡に戻さねばならない」


 秤の男の周りにいた兵士の数人が黒い石を飲み込んだ。

 すると体が変貌していって魔物と混ざった異形の姿に変わっていく。


「行きなさい。あなたたちは正しき世界のための礎となるのです」


「あの化け物を近づかせるな!」


 護衛の兵士と化け物になった兵士の戦いが始まった。


「ダンデムズさんお願いします!」


「年寄り使いが荒いな。任せておけ」


 ダンデムズたち魔塔の魔法使いたちもジケたちと一緒に来ていた。

 魔物と一つになった兵士のことはダンデムズたちに任せてジケたちはシダルケイの妻子のそばに留まる。


「うっ!」


「ぐっ……なんだ……急に」


「うぅ……!」


「エニ、大丈夫か!」


 周りにいた兵士たちが急に苦しみ出した。

 エニも頭を押さえて苦しそうな顔をしている。


「これってあの時の……」


 この感覚には覚えがあるとエニは思っていた。

 よく見るとエニだけでなくリアーネやニノサン、ユディットも苦しそうにしている。


「均衡が崩れる……」


 いつの間にか秤の男が近くまで来ていた。

 魔獣と一つになった兵士たちに気を取られている間に接近していたようだ。


 秤の男が連れていた兵士の何人かが血を吐いて倒れている。

 秤の男が持つ秤の力を発動させたようだった。


 魔法を封じる効果がある秤は効果が発動すると周辺にいる人の中の魔力もかき乱すようで魔力が強い人ほど強く影響を受けて苦痛を感じてしまうのだ。

 ジケは持っている魔力が多くないので秤の影響をほとんど受けないのだが、エニのように魔力が多いと苦痛は大きい。


「リアーネ、エニを遠くに!」


「う……わかった!」


「ジケ!」


「エニはここを離れるんだ! 俺は大丈夫だから!」


 エニよりもまだ苦痛の小さいリアーネにエニを連れて離れるように命令する。

 見たところ魔獣と一つになった兵士たちの方はなんともないように見えた。


 となると秤の効果はそんなに広く発動していないようだとジケは感じた。

 エニの魔力量だとかなりの苦痛になるはずで、秤の効果がより重たくなった時に危険かもしれない。


 リアーネがエニを抱えて秤の男から離れていく。

 そばにいてもらうと安心だけど今はそばにいない方がジケとしても思い切り戦える。


「あの時のガキか……」


 まともに動ける人はかなり限られている。

 秤の男側も秤の男とフクリサぐらいで、他の兵士たちは苦しそうな顔をして動けなくなっている。


 そしてジケたちの側でまともに動けそうだったのはジケだけと言っていいぐらいであった。

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