誇りなき決闘4

「させるか!」


 一度低くバウンドするほどに叩きつけられて動けないカイトラスの頭を踏み潰そうとしたサルのような兵士をジケが後ろから切りつける。

 サルのような兵士は背中を切りつけられて怯んだ。


 腹に剣が突き刺さったままの状態で動いているので痛みを感じないのかと思ったけれどそんなこともなかった。


「ぎゃああああっ!」


 振り向いたサルのような兵士の目をグルゼイがためらいなく切り裂いた。

 横一閃に振り抜かれた剣は両目を切り裂き、サルのような兵士はたまらず悲鳴をあげて目を押さえる。


「フィオス!」


 ジケはフィオスを盾から普通のスライムに戻すとサルのような兵士の口にねじ込む。

 目が見えないサルのような兵士は何かが口に入れられたことだけは感触から理解した。


 どうにかして口に入ってくるものを吐き出そうとするけれどフィオスは逆に喉へと流れ込もうとして全く出てこない。

 呼吸が苦しくなってきて手を使って出そうとするがフィオスのことを手で掴むことはできない。


 そのままフィオスはチュルンと喉の奥に流れ込んでいく。

 目、口ときて今度はお腹を押さえてサルのような兵士が苦しみ出す。


「ぐ……ぐふるぅ……」


 奇妙な声を上げたサルのような兵士の喉が一度大きくなってフィオスが口から飛び出してきた。

 フィオスの体の中には二つの石がある。


 一つは黒い石。

 もう一つは魔獣の魔石である。


「元の姿に戻っていく……」


 魔石と黒い石を体から取り出された兵士は元の人の姿に戻る。


「こいつを拘束してください!」


「……早く動け!」


 もしかしたら何か話が聞けるかもしれない。

 呆然としたような兵士たちだったがカイトラスの叱責で慌てて動き出す。


 サルのようだった兵士は気を失っているしもう安全だろうと周りの状況を確認する。

 気づけば他にも何人か魔物と同化して暴れていてグルゼイを始めとしてみんなで戦っている。


 ジケの周りだけでなく敵味方関係なく魔物と同化した兵士が暴れているのが見える。

 さっきまで隣にいたやつが化け物になって暴れ始めたので兵士たちも動揺していた。


 兵士たちも少しずつ動揺から立ち直って戦い始めている。

 さらに戦いの中心では異端審問官が化け物となったシダルテイと戦っている。


 技量的にはシダルケイに劣るけれど魔力的にはほんの少しシダルテイの方が強いぐらいであった。

 そのために魔獣と一つになるとかなり強力な存在になっている。


 ただバルダーやウィリアを始めとした異端審問官たちも戦いを専門とするプロである。

 上手く連携を取ってシダルテイを追い詰めつつあった。


「エニ、こっちの治療を頼む!」


「分かった!」


 エニにカイトラスの治療をお願いする。


「うぅ……一体何が起きて」


 なんとか体だけは起こしたカイトラスは周りの状況を飲み込めないでいる。

 ひとまず敵であるという判断から戦う選択をしたものの正しい選択だったのかすら分かっていない。


「悪魔教です。奴らがこの騒ぎを起こしています」


「悪魔教だと? なぜこんなことを……」


「目的は分かりませんが何か目的があるはずです。シンシアさんたちを逃しましょう!」


 シンシアとはシダルケイの妻のことである。

 悪魔教がこのタイミングで暴れ出した理由は知らないけれど決闘を台無しにするためだけに暴れるとは思えない。


 兵士は自分たちでなんとかしてもらうとしてシダルケイの妻子はここから逃した方がいい。

 エニの治療を受けたカイトラスは軽く腰を伸ばして具合を確かめる。


 ジケは商会長であるし王家の証を見つけた者だからしょうがないとしてどうしてもう一人子供を連れているのかカイトラスには疑問だった。

 しかし治療を受けて分かった。


 エニは何者にも代え難い優れた力の持ち主である。

 ジケがそばに置いているのも納得だとカイトラスは思った。


「そうしましょう。シダルケイ様は……大丈夫そうですね」


 シダルケイはなんとかダメージから立ち直って異端審問官と共にシダルテイと戦っている。

 念のために持ってきていた予備の武器を部下から受け取っていて今のところ助けは必要なさそうだった。


「シンシア様!」


 カイトラスはガッチリと兵士に守られている青髪の女性の前で膝をつく。

 ハッキリとした顔立ちの綺麗な人でこんな状況でも動揺した様子を見せることなく毅然とした態度をとっている。


「ここを離れます!」


 何か説明できるほどの情報もない。

 ただ混乱している戦場に留まることほど危険なことはない。


 万が一の場合に備えてさらに後方にも兵を待機させてある。

 ひとまずそこまで下がろうとカイトラスは考えている。


「分かりました。シダルケイは大丈夫なのですか?」


「はい、シダルケイ様なら大丈夫です」


「それでは下がりましょう。あの人の邪魔になってはいけないわ」


 こうしている間にも魔獣と一つになった兵士はグルゼイたちによって倒されつつあった。

 カイトラスが周辺の兵士に指示を飛ばし、シンシアを守りながら撤退を始めた。


「俺は残ったやつを片付ける。お前はあちらについていけ。まだ嫌な予感がする」


「分かりました」


 グルゼイは残りの魔獣と一つになった兵士と戦いに向かい、ジケはエニたちと一緒にカイトラスについていくことにした。

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