誇りなき決闘1

「甘いな」


「ガハハっ、いいではないか!」


 決闘の日時や場所が決まった。

 自分の領域で行うのかと思ったらシダルテイはなんとややシダルケイ側にある土地での決闘を了承した。


 オオツアイからやや西に行った平原でイェルガル初代の王がこの平原で敵を打ち果たしてイェルガルを建国したなんて話がある場所だった。

 ジケたちは関係ないはずだったのだけど決闘の舞台に招待された。


 兵士たちの後方でこっそりと見守る役であるが呼ばれたのには理由があった。

 もし仮に決闘に負けることがあったらシダルケイの家族を連れて逃げてほしいというものだった。


 もはやシダルケイとシダルテイは不倶戴天の敵同士でありその家族も生かしてはおけない。

 兵士は降伏すれば国の未来を考えた時に最終的にはシダルテイの配下として吸収されるがシダルテイの子や妻はそうはいかない。


 なぜかシダルテイは家族の前で誇り高く戦うのだと主張して互いに家族を決闘の場に呼ぶことを条件として出した。

 互いに手を出せないように兵士の後方に配置しているが、いざとなったらジケたちはシダルケイの妻と子を連れて早めに決闘の地を離れることになる。


 かなり重たいお願いである。

 もしかしたら将来において問題となるかもしれないのだけどジケには断れなかった。


 ただ負けることなんか考えないで勝ってくださいよ、とお願いを聞きつつも言葉は返しておいた。

 平原とは言いながらも地形は実は緩やかに窪んだ形となっていて兵士の後方にいるとギリギリ決闘の様子が見える。


 まだ始まらない戦いの時を前にグルゼイは渋い顔をしていた。

 なぜならわざわざ決闘になど臨むことはないというのがグルゼイの考えだったから。


 王として時には非常にならねばならぬ。

 兄弟の情や不確定さを捨てて確実に戦争で相手を叩き潰すのが正しい姿だろうと思っている。


 だから決闘に応じたシダルケイのことを甘いと言う。

 対してバルダーは決闘に応じたことを悪くは考えない。


 民のために何を思うかは王の数だけ考えがある。

 ここで決闘に応じなければ逃げたという不名誉を被る可能性だってある。


 これから新しく王となるのにその前からケチがつくようなことをする必要もない。

 それに堂々と決闘に応じる方が男らしいと思っている。


「ジケはどう思う?」


「俺か?」


 グルゼイとバルダーの会話を受けてエニが隣にいるジケに話題を振った。


「うーん、決闘を受ける受けないで王様にふさわしいかどうかは分からないけど、戦争が早く終わるならその方がいいかな」


 ジケは決闘を受けたシダルケイが正しいのかどうかではなく民としてどうなのかと考えた。

 過去では王様と王弟の内戦は長引いた。


 イェルガルほどではないにしても内戦が起きていたという状況は同じ。

 戦争は人を疲弊させる。


 たとえ直接戦場になっていなくとも先行きの見えない不安、いつか戦場になるのではないかという恐怖は戦争の間付きまとう。

 自分の愛しい人が戦場で命を落とすかもしれないという重たい感覚は町全体に広がり、貧民は余計に生活の苦しさを感じていた。


 あんなもの早く終わった方がいいに決まっている。

 それは紛れもなく経験からくる思いだった。


 シダルケイやシダルテイの思いがどうであれ、民としては早く終わってくれるに越したことはない。


「……そうだな」


 バルダーがジケの頭に手を乗せてわしゃわしゃと撫でる。


「普通の人が王を論じても仕方ない。できるだけ早く争いが終わるのが一番だな!」


「お前も甘いな」


「いいではないか。このようなこと一つで王の器が測れるものではない。大切なのはこれからどうしていくこと……そのためにはまず勝たねばならないがな」


 バルダーが決闘の舞台に視線を戻すとちょうどシダルケイとシダルテイが前に出てきたところだった。


「久しぶりだな」


「久しぶりですね、兄さん」


 戦争が始まってからシダルケイとシダルテイが直接顔を合わせる機会は無くなった。

 互いが互いに顔つきが変わったものだと感じていた。


 戦争はどうしても人を変えてしまう。

 非情な決断を下し、常に警戒を続けねばならない戦争のトップにあった二人の顔は記憶にあるものよりも険しくなっていた。


「まだ兄と呼んでくれるのか」


 完全に武装して顔を合わせる二人の間に和気藹々とした空気などない。

 それでも一瞬仲が良かった頃のことを思い出してしまうのは弱さなのだろうかとシダルケイは思った。


「たとえどちらが敗れても恨みは抱かない」


 しかし兄弟の情念で民を路頭に迷わせるわけにはいかない。

 ここまで信じてついてきてくれたみんなのためにもシダルテイを倒さねばならないと頭の中の弟をシダルケイは打ち消した。


「俺は負けたら恨みますよ」


「……そうか。それもまた自由だ」


「決着をつけましょう」


 これ以上言葉を交わすことはないとでも言うようにシダルテイは剣を抜く。


「そうしよう。長く続いた争いも終わりにしようか」


 シダルケイも剣を抜いて構える。

 シダルケイはやや大きめの剣、シダルテイは双剣と使う武器も違っている。

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