ご先祖様にご挨拶

「これはゾーディック・イェルガルの日誌です」


「日誌……」


「中には何があったのか書かれています」


 ジケは念のためと王家の証と事の顛末が書かれているゾーディックの日誌を持ち帰っていた。

 偽物だったら責任を取ってもらうとはいうけれど一応ゾーディックが託したものを持ち帰ったということは日誌で証明できる。


 流石に重たい責任を負わされることはないだろう。


「こちらは後で詳しく見させていただく。少なくともゾーディックという名前が出た時点で信ぴょう性も高い」


 何があったのかも大切であるが、今は王家の証が本物がどうかがシダルケイにとっても重要である。


「それでは失礼して」


 シダルケイが箱を手に取って、一度大きく深呼吸した後ゆっくりと開いた。


「おぉ……」


「どうですか?」


 中には青い大きな宝石の指輪が入っている。

 ジケにはそれが王家の証かは分からないけれど見た目に高そうなものであることは間違いない。


「聞いていたものと同じですな」


 ゾーディックの隣にいる宰相のイライウスが指輪をよく見ようとグラスを目に当てる。


「本物だってことわかりました?」


 偽物だったらどうしようとちょっとドキドキする。


「……申し訳ないが私たちには鑑定できないのだ」


「へっ?」


 シダルケイはゆっくりと首を振った。

 鑑定できないとはどういうことなのか。


「王家の証が失われてから時間が経って久しい。もうこの国には王家の証を直接見たものはいないのだ」


「じゃあ……」


「ただ伝え聞いている特徴は一致している」


「それでも本物か分からないんじゃ……」


「私たちには鑑定はできないが確かめる方法はあるのだ」


 なぜそんなもったいぶると渋い顔をしたジケを見てシダルケイはニヤリと笑う。

 そんな方法があるなら最初からそれで調べればいい。


「悪かった。本物かどうか確認する前にこうして偽物を絞り込むのだ」


 偽物なら責任を取ってもらう。

 こうした話をするだけで偽物を持ってきた人は大きく動揺する。


 本物か鑑定できないというとやはり偽物だったかもしれないとか言い出してボロが出る。

 対してジケはさっさと鑑定してくれと言わんばかりの態度だった。


 本物であることに自信がある。


「ついてきてください」


 シダルケイは指輪の入った箱と日誌を手に部屋を出た。

 ジケも大人しくついていくと城の地下に向かっているようだった。


 長い階段を降りていくと城の地下には広い空間があった。


「ここは……」


 正面に大きな扉があってジケは思わず見上げる。

 地下であるが松明が短い間隔で設置してありかなり明るくなっている。


「ここは霊廟でございます」


「霊廟?」


「この扉の向こうには歴代の王たちが眠っているのです」


 イライウスがジケの疑問に答えてくれた。


「イェルガルでは初代の王から亡くなると城の地下に遺体が安置されます。歴代の王が城を、そして国を守ってくれるという考えに基づいているのです」


 正確には王だけでなく王族が城の地下に眠っている。

 過去の王族が国の中心である城を守ってくれるのだという考えらしい。


「そしてここでこれが必要になるのだ」


 シダルケイが箱の中から王家の証である指輪を取り出した。

 大きな扉の前には石の台座がある。


 石の台座の真ん中には小さな穴が空いていて、シダルケイはそこに指輪の宝石を嵌め込んだ。

 穴にピッタリと宝石がハマり、そのまま指輪をグッと押し込むと台座の真ん中が八角形にへこんだ。


「な……」


 指輪から台座に光が広がって突如として地面が揺れ出した。


「指輪は……鍵だったのか」


 扉が開いていく。

 王家の証は持ち運びや偽装として指輪の形をしていたが、本当の用途は霊廟の扉を開くための鍵なのであった。


 扉が開かなければ指輪は偽物になる。

 どれほど見た目を成功に模倣しようとも偽物では扉を開くことができないためにイェルガル王家が偽物の王家の証に騙されることがなかったのだ。


「不肖……シダルケイ・イェルガルが偉大なるご先祖様に拝謁いたします」


 王家の証がなくなってから霊廟の扉は固く閉ざされたままだった。

 イェルガル王家の悲願が達成され、シダルケイは涙を流して霊廟に向かって膝をついた。


「……これでようやく父上もここに」


 本来ならば王族がなくなれば地下の霊廟に収められる。

 しかし霊廟の扉を開くことができなかったので他の場所に眠らせることしかできなかった。


 けれどジケが王家の証を持ってきてくれたおかげで本来あるべき場所に眠らせることができるようになる。

 父だけではなく、祖父や親族たちも霊廟に眠れないことにひどく恥を感じながら亡くなっていった。


 これでようやく安らかに眠ることができる。


「申し訳ございません、しばし時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


「……もちろんです」


 涙を流すシダルケイは霊廟の中に入っていく。

 中にはお墓だろうものが並んでいて、シダルケイはその一つ一つの前で膝をついて挨拶している。


 王家の証が本物だったお礼の話など今はする雰囲気ではない。


「この私が生きている時に霊廟が開くことがあるとは……僥倖なことでございます」


 冷静そうに見えるイライウスの目にも涙が見える。

 よほどみんな王家の証を取り戻すことを望んでいたのだなとジケは思った。


「第三代王、ニュルクス・イェルガルにご挨拶申し上げます……」


 シダルケイの挨拶はまだまだかかりそうだ。

 ジケは一足早く部屋に戻ることにしたのだった。

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