襲撃1

 護衛の人たちはどうやら本当にジケたちの目的を知らないようだ。

 どうしてこんな時に外部の人間を呼び、こんなに護衛をつけるのかと疑問に思っている会話が聞こえて来ていた。


 魔塔、異端審問官、商会とバラバラの人たちがひとまとまりにやってきたのでその目的を推測するのも楽ではない。

 王子であるシダルケイはジケたちのことを大事な賓客だというが、どうして子供まで呼んだのかと知らされないことに若干の不満のようなものもあるのかもしれない。


 カイトラスが叱責して護衛たちも再び気を引き締めているけれどやはり有事下における正体のしれない相手は歓迎できないのだろう。

 だからといってジケも目的を話すことはない。


 シダルケイがそのような警戒をしているのには理由があるのだろうからジケもジケで警戒しておくに越したことはない。

 前線から遠いイェルガルの東側は直接戦場にはなっていないのであまり荒廃していない。


 しかし他国との貿易が極端に制限されてしまっているために物資が少なく厳しい状況には変わらない。

 特に宿は他から人が来ることがまずなくなってしまったので非常に辛いらしく、ジケたちが泊まることをとても喜んでいた。


「あんまりこう言っちゃいけないけどこんな風にならなくてよかったね……」


 仕事ができなくて職を失う人も多い。

 町中の活気は失われて、同じ国内での争いに辟易としている人も決して少なくない。


 全体的に雰囲気が悪いのだ。

 ジケたちだって完全に他人事だとは言い切れない。


 今回はジケのおかげもあって王弟の内戦が早めに収束することになったけれど過去では王弟との戦いは長く続いていたのだし、似たような状況になったこともあった。

 あまり他の人を笑っていられるものじゃない。


「まあ戦争なんかない方がいいからな。でもジケんとこに拾われなかったらありがたく参加してたかもしんないな」


 御者台にはユディットとニノサンがいて、リアーネは馬車の中に乗っていた。

 戦争など起こらない方がいいのは当然であるけれどもし起こって長引いていて、そしてジケに出会わなかったらと考える。


 多分戦争に参加していただろうとリアーネは思う。

 戦争は基本的に兵士たちが戦うけれど規模が大きくなればなるほど兵力を集めるために傭兵を利用する。


 ジケに会う前のリアーネはお金を欲していた。

 お金を欲するのは当然のことなのだけど孤児院のこともあったし大きく稼げる手段が必要だったのである。


 だから王弟との内戦が長引いていたら傭兵として戦争に参加して戦っていたことらほとんど間違いない。

 でもジケに出会った。


 ジケはリアーネに新たな道を与えてくれたし、おかげで今はお金にも困っていない。


「この国にもお前みたいなのがいたらよかったのにな」


 ジケが直接王弟との戦争を終わらせたわけではないもののその遠因になっていることはリアーネも理解していた。

 もしジケがイェルガルにいたのなら生きるために頑張って、戦争を大きく傾ける何かをしていたかもしれないなんて思った。


「流石に考えすぎだよ」


「どうだかな」


 ジケは困ったように笑うけれどリアーネは意外と本気で考えていた。

 どこでもきっと何かをやり遂げる。


 そんな風にジケのことを認めているのだ。


「誰かが来るぞ」


「誰か?」


「森の中だ」


 目を閉じて黙したままだったグルゼイがゆっくりと目を開けた。


「ユディット、ニノサン、警戒しろ」


 グルゼイは馬車の壁を叩いて二人に警戒を促す。

 頭の後ろで手を組んでいたリアーネも浅く座り直して剣に手をかける。


 ジケは馬車の外を覗く。

 今いるのは森の中でやや道が細い。


 移動の人数が多いために縦に細長くなるようにして移動していた。

 隊列的にも長くなっていですぐに行動しにくく、左右は森なので隠れやすい。


 誰かが何かをするのなら最もふさわしい場所になる。

 ジケも魔力感知を広げてみようとするけれど動く馬車の中で離れた森の中を感知するのはなかなか容易なことではない。


「何か……」


「ユディット!」


「うっ……ありがとうございます! みなさん、敵襲です!」


 窓の外を睨みつけるようにして見ていたジケが森の中に人影のようなものを見た瞬間だった。

 森の中からユディットに向けて矢が飛んできた。


 警戒していたニノサンが矢を剣で叩き落として事なきを得たけれど続け様に森の中から武装した男たちが飛び出してきた。


「襲撃だ!」


「へっ……そう簡単には行かねえか!」


 ジケといる限り物事が単純にはいかないだろうなとリアーネもこっそり思っていた。

 リアーネとグルゼイが素早く馬車を出て、ジケとエニが中に取り残された。


 外は大騒ぎになっていて戦いの音がもう聞こえてきている。


「行かないの?」


「行くさ」


 まだ動き出さないジケを見てエニが不思議そうに首を傾げた。

 周りに戦いを任せてこんなところでふんぞり返っている人じゃないのにと思う。


「こうした混乱しそうな状況では冷静さが大事だ」


 ジケはニヤリと笑ってフィオスを撫でる。

 飛び出して戦う素早い判断も大事かもしれないけれど一度冷静になってみるのもまた大事である。

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