これからが親孝行

「母さん」


「ボー、なんだか嬉しそうな顔してるわね」


 ボスタンドが家に帰ると母親は嬉しそうに笑顔を浮かべて息子の顔を見る。

 久々に嬉しそうしているなと母親は思った。


「うん。良いことがあったんだ」


 ボスタンドは手に持っていたカゴをサイドテーブルに置くとベッドに浅く腰掛け母親の手を取る。

 ゆっくりと揉みほぐしてあげながら母親の体調を診る。


 手が温かいので今日の体調は良さそうだと思う。


「ここ数日忙しくしていた何かが上手くいったんだね?」


「ああ。これからはもう少し母さんに楽をさせてあげられるよ」


 ボスタンドは手を伸ばしてカゴを取る。


「これ、母さん好きだったろ?」


「これは……」


 カゴの中から取り出したのは果物だった。

 柔らかくて甘い。


 皮ごと食べられるものでボスタンドの母親が昔から好きだったものである。

 しかし少しばかり高級で最近はとんと食べさせてやれなかったものでもある。


「これどうしたんだい?」


 息子の経済状況が良くないことぐらい母親は分かっている。

 さらにはよく熟れていて品質も良さそうで安く売り下げられていたものには見えない。


「良いことがあったって言ったろ?」


 続けてボスタンドはカゴの中からパンを取り出した。

 いつもは硬くてよく噛まないといけない安いパンなのだけど今日はアゴが弱くなった母親でも簡単に食べられる柔らかいパンだった。


「こんなお金……」


「パンぐらいで……心配かけるようになっちゃったね」


 ボスタンドの声が震えている。

 いつからか硬いパンを買うことが普通になり、たかが柔らかいパンを買ったぐらいで母親がお金の心配してしまう。


 なんと自分は情けなかったのかとボスタンドは手に持った柔らかいパンに視線を落とした。


「でも、もう心配はかけないよ」


 少し下手くそな笑顔を浮かべてボスタンドは母の手にパンを乗せた。


「本当なのかい?」


「素晴らしいところが僕たちを必要としてくれたんだ」


「シゴム商会じゃなくて?」


「……父さんには悪いけどあそことはもう終わったんだ」


「…………正直な話、あそこは好きじゃなかった。お父さんがいいならと思っていたけどあんたには苦労かけたみたいだね」


 母親はボスタンドの少しやつれた頬を撫でる。

 次に行く当てもないのにシゴム商会から離れろともいえなかった。


「次はどんなところが必要としてくれたんだい?」


「フィオス商会ってところなんだ」


「……私は知らないね」


「そうだろうね。でもすごいところなんだ。そして会長はすごい人で、とても優しい人なんだ」


「うん……あんたの目を見ればわかるよ。そんな輝いた目を見たの久しぶりだもの」


「ごめんね母さん……苦労かけて……あそこにいたって何にもならないって分かってたのに」


 ボスタンドの目から涙が流れる。

 離れてみて、改めて自分の置かれた状況を考えてみてようやく分かった。


 ひどい状態だった。

 母親に苦労や心配をかけたくないからと必死に隠してどうにかしようとしていたけれど全部バレていた。


 でもバレていることを認めるのも怖くてシゴム商会の言いなりになって、何も見ないようにしていた。

 もっと勇気を出して動いていたら母親はもっと元気にいられたかもしれない。


「何を言ってるのさ。ボー、あんたは良くやってるよ」


 母親は優しく笑うとボスタンドの顔を引き寄せて自身の肩に押しつけた。


「これから楽させてくれるんだろ? それでいいじゃないか」


「ありがとう……母さん」


 堪えきれずにボスタンドは泣き出してしまう。


「……いつかフィオス商会の会長さんにもお礼を言わなきゃね」


「僕が働いて恩を返すよ。あの人はきっと僕たちを邪険にはしない」


「すごい信用だね」


「そうだ……もう一つプレゼントがあるんだ」


 ボスタンドは涙を拭いながら家を出た。

 そしてすぐに戻ってきたのだが手には大きな白い板のようなものを持っていた。


「それはなんだい?」


「ちょっとだけ立ってくれるかい?」


「ああ、いいよ」


 ボスタンドは板を壁に立てかけて置くと母親の手を取ってゆっくりと立ち上がらせる。

 そして布団やマットレスを避けて持ってきた白い板を置く。


「これに寝てみて」


「これにかい? ふうむ……なんとも不思議な」


 母親が座ってみると体がゆっくりと沈み込む。

 それでいながら支えてくれるような感じもある。


「ほぅ……」


 寝転がってみると程よい弾力が体を包み込んで支えてくれるようだった。

 ボスタンドが持ってきたのはアラクネノネドコ。


 しかもボスタンドが自身の魔獣と作ったものであった。


「これもフィオス商会で作ってるものなんだけど……今回は俺が作ったんだ」


「ボーが?」


「職人としての仕事だけじゃなく別の仕事も任されることになったんだ。いいだろ、それ?」


「ああ、とても良いよ」


「後で大神殿にも行こう」


「まさか……」


「体の治療をしてもらおう。こっちはジケ会長の贈り物なんだ」


 母親の体と聞いていたので大神殿で治療して貰えばいいとジケはボスタンドに提案した。

 流石にそれは金銭的にも大変だというのでフィオス商会にきた記念ということでジケがお金を出すことにした。


「返しても返しきれない恩ができてしまったね」


「そうだね。でもジケ会長は言うんだ。一生懸命働いてくれればそれでいいって」


「人徳がある人だね。恩を返せるように頑張るんだよ。ただし無茶はしちゃダメだ」


「ジケ会長にも言われました。無茶だけはしないでくれと」


 ボスタンドは再び母親の手を取って穏やかに笑う。

 後で教会に行こうと思った。


 神様が願いを聞き入れてくれたのだろう。

 このような出会いをもたらしてくれたことを感謝せずにはいられなかったのである。

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