ようやく恩返し3

 色々と状況がやばい人がお金を手に入れたらどうするか。

 ジケならば立て直すためにお金を使うだろうけどやばいことになる人は大体自分のことしか考えていない。


 そんな人は割と高い確率で逃げるのだ。

 有金全部持って、守るべきものもかなぐり捨てて。


 いわゆる夜逃げというやつだ。

 実はシゴムがフィオス商会を訪ねてきた時点でも条件の金額なら払ってしまえるだけのお金は用意してあった。


 だけどジケはあえてお金を全て渡さなかった。

 シゴムとケライド工房の引き渡しの取引をした後ジケはすぐにフェッツのところに向かった。


 そして取引をしたこと、お金を渡すことを報告して夜逃げの可能性があることもついでに言っておいた。

 フェッツも当然その可能性があることは分かっていてジケの言葉にニヤリと頷いていた。


「引き抜き……ですか? それよりも君は……」


 ただ夜逃げされる前にやらねばならないことがある。

 残りのお金をシゴムに渡す前にジケはケライド工房のボスタンドに会いに来た。


 ジケが引き抜きをかけてシゴムがそれに応じたことを伝えるとボスタンドは驚きと悲しみの混じった顔をしていた。

 シゴムはジケにケライド工房を売り渡した話をボスタンドにしていなかったようだ。


 悲しみの感情を持つのも当然だろう。

 知らないところで工房が売り払われていたのだから。


 売り払われた悲しみ、守ってもらえなかった悲しみ、何も知らなかった悲しみと顔に出さないようにするにはとても難しい感情の波だった。

 だがもうそんな思いはさせない。


「フィオス商会が今後君たちの家族になる」


「フィオス商会って……ノーヴィスさんのところの?」


「ノーヴィスさんを知ってるんですか?」


「知り合いじゃないですけど職人の間では有名です。フィオス商会で大成した職人だと。みんな羨ましがっているんですよ」


「そうだったんですか」


「……ってことは俺たちもフィオス商会に?」


「そうなりますね」


 フィオス商会に来た以上ジケが守る。

 売り払うなんてことはしないしこんな悲しい思いをさせることなんてしない。


 再びボスタンドの顔に驚きが広がり、困惑、そして喜びの色も見られた。

 やはりシゴム商会では厳しかった側面があるのだろう。


「もう一度言いますがこれからケライド工房とは俺たちフィオス商会が家族になります。そして俺が全力であなたたちを守る。……まだ頼りない商会長かもしれないけどね」


「そんな! このようなこと言っていいのか分かりませんが、私としてはありがたいと思っています!」


 たとえ名声があろうともジケが貧民で子供というだけで軽んじる人は少なからずいる。

 ボスタンドがジケの存在に不安を覚えても咎めるつもりはなかった。


「正直な話……限界でした。うちの職人も、シゴム商会を離れてはどうかと言っていました……」


 ギリギリの生活を強いられていたケライド工房はもう限界だった。

 そんな時に現れたフィオス商会はまさしく救いの光のようなものである。


「あの人は……私たちのことを守ってくれるなんて……言ったことはなかった」


 たとえ口先だけだろうとも家族で、守るなどシゴムから言われたことはない。

 自分でなんとかすればいいと冷たく突き放された記憶しかない。


「お祈りの時に出会ったのは偶然ではないのですね?」

 

「そうです」


「ではあの時から……なぜ私たちを?」


 どうしてケライド工房を選んだのか。

 ボスタンドはそのことが非常に疑問だった。


「……フィオス商会の傘下に入ってもらうということは、先ほども言いましたが家族になるということです。俺は商会の仲間たちは本気で家族だと思っています。教会でボスタンドさんと話した時触れたあなたの心の優しさが家族になるのに相応しいと思ったんです」


「ジケさん……いや、ジケ会長……」


 ボスタンドの目に涙が溜まる。

 こんな風に温かく、対等な目で見てもらったことがとても久しぶりな気がしたボスタンドはそっと指で涙を拭う。


「これから私たちケライド工房はフィオス商会として頑張らせていただきます!」


 ボスタンドは涙を堪え立ち上がると深々と頭を下げた。


「ようこそフィオス商会に。困ったことがあったら助け合い、嬉しいことがあったら分かち合いましょう。今日から俺たちは家族だ」


 穏やかに笑うジケはボスタンドから見てとても大きな人に見えた。

 頼りないなんてことは一切なく、上に立つものとしての度量をそこに見た気がした。


「とりあえずここを引き払う準備をお願いします。一応工房の建物はシゴム商会所有になっているので」


 ケライド工房は独自で工房を持っていなかった。

 以前は持っていたのだが色々な理由をつけられてシゴム商会に近いところに移転させられたのだ。


 その時に工房となる建物はシゴム商会が所有権を有していて、ケライド工房が借りるという形になっていたのである。


「使い慣れた工房を離れるのは嫌かもしれませんが……」


「いえ、大事なのはどんな建物で働くかではありませんから。すぐに職人たちに説明して荷物をまとめます」


「ありがとうございます。それとボスタンドには職人以外の仕事もやってもらうつもりです。でも……職人といえば職人なのかな?」


「職人以外の仕事ですか? まあ、任せていただけるのならなんでもやりますが」


「それはおいおいで。あとはこれを」


「これはなんでしょうか?」


 ジケはボスタンドの前に袋を置いた。


「準備にもお金は必要でしょう? 余ったら無事に移籍ができたお祝いにでもしてください」


「……何もかもありがとうございます」


 ジケが渡したのはお金だった。

 何事にもお金はいる。


 工房を離れて移動するのもタダじゃない。

 それに職人たちは満足に食べられていなさそうだったのでこれで美味しいものでも食べてくれたらと思って多めに渡しておいた。


 これで過去の知識を使った恩返しができただろうかとジケは思う。

 シゴム商会にいたらあまりいい思いはさせてもらえなかったような気はするので恩返しになっただろうと思うことにした。


 あとはこれから対等に付き合っていけばきっと互いにとって良くなるはず。

 ケライド工房はさっさと準備を終えてノーヴィスの工房に一時的に身を寄せることにしたのだった。

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