ようやく恩返し1

「たまにゃこうした時間もいいな」


 過去ではジケは孤独に近かった。

 己が周りを拒否した責任も大きいのだがあらゆる人の中で底辺を這いずるような環境もまた良くなかった。


 今は知識を活用して良い生活を保っているけれど過去だってもう少しやる気を出して努力してみれば何かが変わっていたかもしれないと今は思う。

 ともあれ今はジケの周りに人が多い。


 意図して一人にならない限りは常に誰かが周りにいてくれるという環境がいつの間にか普通になっていた。

 それもまた悪いことではない。


 ただフィオスとのんびり過ごす時間は少なくなってしまっていたなとジケは思った。

 最近常にフィオスは召喚状態でずっと一緒にいるけれどフィオスとジケだけの時間も大切かもしれない。


 今日はたまたま他のみんながいない。

 ジケが家にいるということで護衛のリアーネとユディットは軽くて合わせてして体を動かしに行ってしまったし、タミとケリはお仕事、グルゼイも多分冒険者としての依頼でもやっているだろうし、エニは教会に行っている。


 他のみんなも自分の家で仕事をしている。

 近くにみんないながらも、偶然に家の中にはジケとフィオスだけになっていた。


「ほら」


 ジケは淹れたお茶をフィオスの前に置く。

 今日淹れたのはちょっと良いお茶で柔らかな良い香りがふわりと立ち上る。


 フィオスは並々と注がれたお茶の上に覆いかぶさる。


「綺麗なもんだな」


 お茶の飲み方もフィオスは進化している。

 フィオスの体の中にお茶が細く吸い上げられていく。


 クルクルと渦を描くように吸い上げられていったお茶はフィオスの体の中に溶けるように消えていった。

 まるでジケのことを楽しませようとしているみたいにも感じる。


 ただちゃんとフィオスも楽しいようでフィオスの体の中のお茶はさまざまに形を変えていく。


「おおっ?」


 ふと気になってフィオスの体に触れてみた。

 指先が触れるとそこからぷるんとした波がフィオスの体全体に広がっていく。


 フィオスの体の中のお茶も揺れてきらりと光る。

 そのままプニプニと触っているとフィオスがお茶をジケの指の近くまで動かしてきた。


 お茶の熱だろうか、ほんのりと温かい。

 過去でも一緒にお茶を飲んだことはあったけれどフィオスがこんな風にしたことはない。


 語りかけることはあったけれど触れ合ったことはなかった。

 スライムは知能を持たないと人は言う。


 しかしこんな風にお茶を体の中で操るスライムに知能がないなどとジケにはとても思えなかった。

 

「ふふっ」


 ジケが指を動かすとフィオスはそれに合わせてお茶を動かす。

 まるで自分がフィオスの中のお茶を操っているようで、少し面白くてジケは笑った。


 ジケが笑うとフィオスはプルプルと震えて喜びを表す。

 確かに通じ合っている。


 スライムにだって感情があって、知能があって、心があるのだ。


「主人、いらっしゃいますか?」


「ん? 入って大丈夫だよ」


「失礼します」


 まったりとした時間を楽しんでいると家のドアがノックされた。

 ジケが声を返すとニノサンが家の中に入ってきた。


「お疲れ様。商会で何かあった?」


 本日ニノサンはフィオス商会の方担当である。

 生真面目なニノサンがフィオス商会の方をサボって来たとは考えにくい。


 あまり焦ったような様子はないけれど商会で何かが起きたのだと考えるのが自然である。


「はい、シゴム商会を名乗る方が会長にお会いしたいということです」


「シゴム商会……ようやく来たか」


 用件は聞かなくても分かる。

 ジケはニヤリと笑った。


「イスコは商会の方にいる?」


「いらっしゃいます」


「んじゃ行こうか。フィオス!」


 慌てたように残っていたお茶を吸い上げたフィオスがピョーンとテーブルから飛び出した。

 ジケは両手でしっかりとフィオスをキャッチすると鼻歌混じりに家を出る。


「さてと、どんな態度で来るかな?」


 ーーーーー


 仮にシゴム商会が違法な薬の販売に手を染めていたとしたら。

 そう考えればシゴム商会の一部の人たちがお金を持っていそうなことも説明がつけられる。


 商会の方で利益が出ていないのにやっていけているのは悪魔教であるスカーアモ商会が作った薬があるからなのだ。

 ではそんなスカーアモ商会がなくなったらシゴム商会はどうなるか。


 非常に困ったことになるだろう。

 薬が手に入らないばかりか定期的に売っていた馬車すら買い手がいなくなる。


 そんな感じでお金を得ている人が普段から貯蓄をしていると思えない。

 つまりスカーアモ商会がなくなってしまうとシゴム商会は共倒れ的に困ることになるということなのだ。


 となるとシゴム商会はどうするか。

 今更真っ当な商売で稼ごうなんて都合のいいことできるはずがない。


 商会を畳んでどうにかしようとするのならまだ良い方だがキッパリとやめられるなら悪いことになんか手を染めはしない。

 きっとギリギリまでしがみつく。


 そのためには金になるものは手放してシゴム商会を保とうとするだろうとジケは思っていた。


「前回の条件にさらに上乗せ。これで妥協しよう」


 ただシゴム商会が持っているものは少ない。

 そんな中でお金になりそうなものなどほとんどないと言っていい。


 シゴム商会がジケのところを訪ねてきたのはその唯一お金になりそうなものを売るためだった。

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