ゴツくないジジイも強い

 することもないので食べるぐらいしかない。

 ケーケンというお手頃な値段で美味しい料理を出してくれる店があるということでジケたちは食べに来ていた。


 混むかもしれないとも聞いていたので早めの時間に来たのだがすでに席は半分ほど埋まっていた。

 料理を待っている間にもお客は入ってきていて気づいたら席がいっぱいになっていた。


「早めに来てよかったね」


「そうだな。もう少し遅かったら待つか、他の店探さなきゃいけなかったな」


 他のお店の候補ももちろんあったけれど一つは入れないと次のところに行った時にはもうお昼時で満席ということもあり得る。

 早めに来たのは正解だった。


「うん! 話に聞いた通り美味いな!」


「これも美味しいよ」


 すぐに混んでしまうだけはあって料理は美味しくてリアーネもエニも満足そうにしている。


「おい! なんで空いてないんだよ!」


「なんだ……?」


 食事を楽しんでいると良い空気をぶち壊すような声が聞こえてきた。

 見てみると柄の悪い男たちが空席が無いことに怒っているようだった。


 店員は平謝りでなんとかその場を収めようとしているが、調子に乗ったような男たちは早く席を用意しろと要求している。

 外に並んでいる人もいるというのに傲慢なことである。


「じいさん、そろそろ食べ終わってるんじゃないか?」


 男たちが目をつけたのは複数人で来て大きなテーブルで食事をしている人たちだった。

 黒いローブを身につけていて、その中でも一番年齢が上そうなおじいさんに因縁をつけ始めた。


「あいつら……」


 リアーネが顔をしかめる。

 なにもこんな場所でお年寄りに絡むことはないではないかと不快感を感じる。


「まあもう少し様子見てみよう」


 あまりひどいようならジケも止めるべきだと思う。

 しかしあまり面倒事に首を突っ込みすぎるのも良くない。


 直接絡まれているのはおじいさんであるけれど周りにいる人には若い人もいる。

 おじいさんが上手く流すかもしれないし、周りの若い人がおじいさんを守るかもしれない。


 リアーネの視線に頷きながら答えたジケは再びおじいさんのことを見た。


「ふむ……食べ終えたら席を譲ろう。しかしまだ食べ始めたばかり。少し待っていただけるかな?」


 おじいさんは怯えたような様子もなく冷静に男に答えている。

 おじいさんたちは満席になるギリギリに入ってきたのでまだ食事を始めたばかりだった。


 流石にまだほとんど食べていないのに席を明け渡すつもりはなさそうだ。


「ああ? なら他の店いきゃいいじゃないか!」


 それはお前らも同じだろう。

 むしろそうするべきだということを臆面もなく口にして男はおじいさんに詰め寄る。


 おじいさんと一緒に来ている人たちにも緊張が走る。


「ふむ……騒がしいのぅ」


 おじいさんはナイフとフォークを置いて男に改めて向き直る。

 体格が良くていかにも強そうなバルダーやパージヴェルと違っておじいさんは普通のおじいさんである。


 男に殴られでもしたら危なそう。

 リアーネがテーブルに立てかけていた剣に手を伸ばす。


「いいからさっさと……ぐぅ!」


「悪い口をしているのぅ」


 おじいさんがゆっくりと男に手のひらを向けた。

 そして何かを掴むように指を曲げる。


 途端に男の言葉が止まり、顔を歪める。


「わがままを押し通すのではなく少し待てば良かろう」


 男の顔が青くなり始めた。

 首に手をやって何かを引き剥がそうと引っ掻くが男の首には何もなくただ爪で引っ掻いた赤い筋だけが残る。


「な、なんだ……?」


 急に様子がおかしくなった男にリアーネも不思議そうな顔をしている。


「く……かぁ……」


 男の方も原因がわからないようでただ困惑したように口をぱくぱくさせている。


「……魔法だ」


「魔法? あれが?」


 魔力を感知するジケには分かる。

 おじいさんと男の間に濃密な魔力が流れている。


 おじいさんから男の首に向かって巻きつくように魔力が伸びているのだ。

 何をしているのかジケにも説明できないがおじいさんが魔力で何かをしていることだけは確かだった。


「人が食事しているのがお主の目には映らんのか?」


 おじいさんが手を少し上げると連動するように男の体も浮き上がり始める。


「……あれが魔法ならかなりすごい魔法使いだよ」


 魔法を使ったような跡もなく魔法を使い、周りに影響もなく人一人を浮き上がらせるなんて地味な見た目以上の離れ業であるとエニは驚いている。


「師匠! それ以上は死んでしまいます!」


 魔法によって首を締め上げられた男の目がグルンと上を向いて口から泡を吹き始めた。

 あのままの状態を続けると危ないとおじいさんの隣に座っていた男が止める。


「ふむ……」


 おじいさんがふっと手を下ろすと男はそのまま床に倒れた。


「連れていくがいい。お前さんも同じようになりたくなきゃな」


 おじいさんがさっさと手を振ると慌てたように気を失った男を連れて男たちは店を出て行った。


「手助けはいらなかったな」


「何者なんですかね、あの方々?」


「知らないけどただ者じゃなさそうだな」


 異端審問官がいることといい、なんの変哲もない町に色々な人が集まっているのだなとジケは感心していたのであった。

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