優しい職人

「はじめまして」


「あ、ああ、はじめまして」


 ボスタンドの隣に座ったジケはそれとなく声をかけた。


「よくお祈りには来るのですか?」


「ええ……毎日ではないですが暇を見つけては」


「何をそんなに熱心に?」


「母の体が悪くて……少しでも良くなることがあればと」


「神官には?」


「……そのようなお金はありませんから」


 ジケとボスタンドがいるのは大神殿の一角。

 誰でも出入りできる教会部分はお祈りをする人が多くいる。


 神様というやつを信じていないわけじゃないけれど、祈って何かをしてくれるとも思っていないジケはこうしたお祈りをしに来たことはない。

 ただ今日そんな教会に来たのにはわけがある。


 それはボスタンドに会いに来るためだった。

 約束しているのではない。


 ボスタンドがよく教会でお祈りしていることがあると聞いてこっそりと会いに来た。

 工房を買収しようとしているフィオス商会のジケとしての身分を隠して、ただのお祈りしている人としてボスタンドに声をかけた。


 ボスタンドは思っていたよりも若かった。

 工房の主となるぐらいだからもう少し年齢がいっていると思っていたのだが、ボスタンドは元々あった工房を引き継いだので比較的若かったのである。


(細いな……)


 ジケは初めて会ったボスタンドの姿を見てかなり細身の男性だなと感じた。

 それが悪いなどと言うつもりはないのだけど工房は力仕事も多い。


 そのために筋肉で太い人が多く、ノーヴィスもよく見るとがっしりとしている。

 対してボスタンドはかなり細くて工房で働いているようには見えなかった。


「お仕事は何を?」


「職人として働いています。なんとか食べていくのに必死な工房ですが……」


 隣に座っていきなり話しかけたジケをボスタンドは邪険にすることもない。

 柔らかな笑顔を浮かべてジケの質問に答えてくれる。


 シゴム商会が怪しいということで、もしかしたら悪いことでもしているかもしれないとまで考えている。

 商会長であるシゴムも態度が悪くて嫌なやつだったがボスタンドも嫌なやつだったらシゴム商会の怪しさに加担している可能性があるかもしれないと思った。


 どうして工房を手放すつもりもないのか気になったので一度ボスタンドに会うことにしてみたのだ。

 シゴム商会に警戒されては面倒なので正式なものじゃなく、こうして偶然を装ったのである。


「日々食べていけるだけでも感謝せねばなりませんが人間欲があってしまいます。母の体がもう少し楽になってくれるといいのですが」


 欲があると言いながら母のことを思う。

 それを欲だなんて誰が言うか。


「工房で働いている……何を作ってるんですか?」


「馬車を作っております。他にも木を使った物を作ったりしていますが……最近勢いのある商会があって馬車は厳しいですね」


「あぁ……」


 ボスタンドの言う勢いのある商会とはジケのことだろう。

 思わずジケは曖昧に笑顔を浮かべてしまった。


「……たとえばその勢いのある商会から誘われたらどうします? うちで働かないかって」


「少し心は惹かれますがお断りするでしょうね」


「どうしてですか?」


 ただ食べていけるだけのところにいるより勢いのある商会で働く方がいいだろうとジケは思う。


「……工房で働いていると言いましたが、工房の主でもあるのですよ。父から継いだ物で他に職人もいます。そんな人たちを置いて私だけ別のところにはいけませんよ」


「それじゃあ工房ごとなら?」


「…………それは迷いますね」


 それでもイエスではないのかと少し驚く。


「今工房は商会の下に置かれています。父親の代からの付き合いで資金的につぶれかけて困っているところを助けてもらったところから付き合いが始まったのだと聞いています。恩がある……難しい判断になりますね」


 シゴム商会とケライド工房の関係性がボスタンドを悩ませる。

 お世話になったことは間違いないので工房ごととはいってもすぐに移りますとは答えられない。


 迷う時点でボスタンドにも多少思うところはありそうだ。

 でも容易く人を裏切れないような性格をしているということはジケにも分かった。


「色々聞いてすいません」


「……いえ、たまにはこうしたこともいいものです」


 少なくとも悪人ではない。

 ジケは軽く頭を下げて席を立つ。


 やっぱり搾取されていそうな感じは否めないなとも同時に思ったのであった。

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