相手は知らぬ恩を返し3

 商会長であるシゴムの身なりは良くてジャラジャラとというレベルではないが宝飾品も身につけていた。

 とてもじゃないがお金に困っているようには見えなかった。


「何をしてる……?」


 ただ働いている人から搾取するにも限界はある。

 多少の良い暮らしはできるだろうけど、宝飾品まで買っている余裕がありそうなほどお金を吸い上げられはしない。


「怪しい……すごく怪しい」


 ついでに工房を頑なに手放さないことも怪しさが増してきた。


「やばいことに首突っ込もうとしちゃってる……かも?」


 ーーーーー


「わざわざご足労ありがとうございます。ジュースでもどうぞ。フィオスにも」


「ありがとうございます」


 最近ジケとフィオスの両方を知っている人はフィオスの分も何か用意してくれていることが多いなとジケは思った。

 フィオスをフィオスと認識してくれていて、人の嗜好品を共に楽しむことのできる存在なのだと理解してくれていることになる。


 非常にありがたい話で、過去では考えられなかったことである。

 フィオスは出されたコップに覆いかぶさってジュースを飲んでいる。


 今日は特殊な楽しみ方をしていて、ジュースが細くフィオスの体の中に吸い上げられていた。


「先日の、ラグズマン様もご満足いただけたようです」


「それは良かったです」


 ジケはフェッツのところを訪れていた。

 元々はラグズマン家にアラクネノネドコを売る商談をうまくまとめたと報告する機会をうかがっていた。


 フェッツの方が忙しくてなかなか予定が合わず、そうしている間にアユインのパーティーまで始まってフェッツの忙しさはより増してしまっていた。

 ようやく予定が空いたということでジケは商人ギルドを訪ねてきていたのだ。


 タイミングが良かったとジケは思った。

 ついでなのでシゴム商会のことをフェッツに相談してみることにした。


「なるほど、怪しい商会ですか」


 正直な話、怪しい商会などいくらでもある。

 しかしそれだけで全ての商会を調べているような大義名分もなければ時間や労力もない。


 怪しいと言われても難しく、ジケが持ってきたからフェッツも話を聞いたところがある。


「確かに怪しそうですね」


 フェッツはジケから受け取った資料にさっと目を通す。

 確定的な証拠はないけれどジケが言うような怪しさがあることは理解できる。


 お金は降って湧くものじゃない。

 どこかにお金に関して動きがあって、フェッツはそれをお金の匂いがすると例えることがある。


 シゴム商会の活動そのものにお金の匂いがしない。

 つまりは儲かっていないとか商会の財政状況として厳しいとフェッツも感じる。


 対して商会長であるシゴムそのものからはお金の匂いを感じる。

 儲かっていない商会の商会長という感じと乖離した印象を受けるのだ。


 乖離の原因が明確になっていないので怪しいと表現せざるを得ない。

 

「ただ断定はできません」


 シゴム本人に別の仕事や真っ当な儲ける手段があるという可能性もある。

 見た目上それが分からなくて怪しいということも十分にあり得る。


「ですが他でもないジケ君の頼みです。調べてみましょう」


「ありがとうございます、フェッツさん」


「ふふ、私の後援商会長ですからね」


 ただジケ可愛さでもない。

 ジケが言うような怪しさがあると認めるからフェッツも動いてみようと思うのである。


「それにしても工房を引き抜くつもりなのは分かりますがどうしてここまで?」


 これまで他の人たちにも言われてきた。

 わざわざ工房を引き抜くのにこんなことをする必要なんてない。


「……最初はちょっと個人的な理由でした」


 過去の知識を使った結果未来を変えてしまった。

 その罪滅ぼしのつもりだった。


「でも調べてみるとシゴム商会は怪しくて……ケライド工房は被害に遭っているかもしれない」


 けれど今は少し理由が変わった。


「俺が両手をいっぱいに広げても助けられる人なんて高が知れています。全ての人を助けるなんてとうてい不可能なことです。でも手を伸ばせば助けられるかもしれない人がいる」


 ジケは自分のジュースを飲み切ってジケのコップにも体を伸ばすフィオスを一撫でする。


「なら手を伸ばしてみるべきだと思いませんか?」


 助けられるのなら助ける。

 怪しくなく真っ当にやっているならそれでいいし、何か悪いことをしてケライド工房が搾取されているなら助けてあげたいと思った。


「青い考えですね。私は困っている人に手を差し伸べたりしない。よほど金持ちなら別かもしれないですけれど」


 手を差し伸べた相手が逆の手で刺してくるかもしれない。

 騙し合い、互いに足を引っ張り合うのも普通な商人の世界において優しさは時として仇となる。


「困っている人がいるからと手を差し伸べるのは商人らしくない。…………だが嫌いではないです」


 けれども優しさは美徳であり、優しさが商売を成功に導くことだってある。

 いつからこんな商人らしい考えに染まってしまったのかとフェッツは考える。


 駆け出しの頃の若いフェッツならジケのように困っている人に手を差し伸べていたかもしれない。

 ジケに眩しいほどのまっすぐさと若さがあると感じた。


 誰かに手を差し伸べない強かさも誰かに手を差し伸べられる優しさもどちらもフェッツは理解している。


「やりたいようにやってごらんなさい。何かあったら私が何とかしてみます」


 このまっすぐさを失ってほしくない。

 そう思うのは商人の先輩としてはわがままなのかもしれないがジケならきっとまっすぐにいてくれる。


「何もかも……ありがとうございます」


「いいんですよ。刺激のなくなっていた商人としての人生にあなたが現れてくれたんですから」

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