相手は知らぬ恩を返し2
ジケが恩を返すべき相手はシゴム商会ではなく、ボスタンドなのである。
クモノイタを開発した後商会との関係がどうなったのかは知らないけれど、搾取していた相手をシゴム商会が逃すはずもなくきっと搾取は長く続いたのでないか。
「好きにしろ。お前が引き入れてきた相手なら俺がどうにか使い物にしてやるよ」
「ふふ、ありがとうございます」
人を搾取する商会は潰れて然るべき。
だがその中で働いている人の多くは悪い人じゃないとジケは知っている。
どの道ジケがクモノイタを先に開発してしまったのだからシゴム商会がこれから盛り返していく可能性はかなり低くなった。
真面目に働いていて、馬車作りの経験もあって、クモの魔獣も持っていて、ジケも恩がある。
せめてケライド工房ぐらいはどうにかできないかなと思った。
ノーヴィスも前向きに考えてくれたので早速ジケは動き出してみることにしたのである。
ーーーーー
「断る」
「えっ……」
「断ると言ったんだ」
シゴム商会の商会長シゴムは大柄な中年男性で首のところにチラリと黒い刺青が見える。
予想よりも厳つい感じはあるけれど予想外というところまではない。
しっかりシゴム商会に連絡を取って約束を取り付けてジケの方から訪ねていった。
イスコを交渉役とし、護衛としてニノサンを連れて臨んだ交渉だった。
その返事が“断る”である。
予想外の返事にイスコも驚いている。
それもそのはずで提示した条件はかなり良く、当然ぐらいの感覚で断られると思わなかった。
「どうしてうちなんだ? 他に良いところはある。新進気鋭のフィオス商会様がうちの工房持ってく必要なんてないだろ」
詳細に条件が書かれた紙をデスクに投げ捨てるように置いてシゴムは椅子にふんぞりかえるように座り直す。
どうにも歓迎されていない雰囲気があるなとジケは感じていた。
自分のところの工房を引き抜こうとしているのだから仕方ないと思っていたけれど条件は良いしちゃんと礼は尽くしている。
にも関わらずシゴムの態度は横柄で言葉の端々に刺々しさを感じるのだ。
「馬車作りの経験もありますし、こちらの工房とも近くて……」
「ふん、何にしても工房を売る気はない」
イスコが理由を説明しようとするけれど最後まで聞きもしない。
「おかえり願おうか。なんと言われても工房は売らない」
「……分かりました」
やや睨みつけるような目をしたシゴムを見てこれ以上の交渉は無駄であるとジケは思った。
「ええ、そうなさるのがよさそうだと思います」
「では失礼します」
最後までシゴムはジケに対して敵対的な態度のままだった。
「なんでしょうか、あの態度」
帰る途中ニノサンがシゴムの態度に不快感をあらわにする。
工房を渡したくないにしても不愉快で横柄な態度だった。
嫌なら嫌でも構わないが普通に断ればよく、あのような態度に出ることはない。
「……商人として褒められる態度ではないですね」
イスコも苦い顔をしている。
決して無茶な話ではなかった。
ジケとイスコの相談の上で十分な支払いをするつもりだった。
シゴム商会はシゴムを含めた一部の商会員が私服を肥やすやり方をしている関係で経営が苦しい。
その中でケライド工房は大きな利益を上げるわけでもなく、むしろ商会の負担になっているはずだった。
良い条件で手放せるなら簡単に交渉に応じてくると考えていた。
「あそこは諦めた方がいいかもしれませんね」
態度が頑なだった。
今でも好条件なのにこれ以上条件を引き上げるのはイスコとしても許可しかねる。
シゴムのいう通り工房は他にもある。
わざわざシゴムのところから引き抜く形で工房を入れる必要はないのである。
「……でもなんかありそうだよな」
怪しいとジケは思った。
工房との結びつきが強くて手放さないということはある。
ノーヴィスの工房を売ってくれと言われてもジケは絶対に売ることはない。
けれどもシゴム商会、あるいはシゴムが工房をジケのように大切にしているとはとても思えなかった。
なのに絶対に工房は手放さないと言う。
裏に何かがあるのではないかとジケには感じられた。
「……少し調べてみようか」
嫌な感じがする。
「まあ工房は他のところも考えるから良さそうなところ見繕っておいてくれないかな?」
「分かりました」
ーーーーー
「やっぱり……財政状況は良くないみたいだな」
帰ってからだけどシゴムの態度もムカついてきた。
なのでオランゼではなくガルガトの方の情報屋にシゴム商会について調べてもらった。
聞いていた通りシゴム商会のお金の状況はあまり良くない。
ギリギリの利益を一部の人が吸い上げている。
貧民や平民の貧しい人を雇っては使い潰してどうにか保たせている。
いくつかの商品を仕入れて特定の客に売る固い商売はしているのだが販路が狭すぎて儲けが少ない。
ケライド工房も一応商品を作っているようだ。
だがケライド工房もかなり財政的に苦しい状況を強いられている。
「……どうやってあいつら利益上げてるんだ?」
見れば見るほど不思議な商会だとジケは感じた。
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