閑話・人は変わりません
「はぁ……疲れた」
アユインはベッドに倒れ込む。
人前に出ることがこんなに疲れることだと思わなかった。
多くの人に注目されて笑顔を作り続けたので顔も少し痛いぐらい。
「あっ……」
アユインが仰向けに転がるとベッドの上にクシが落ちた。
ジケからもらったアダマンタイト製の一点もののクシである。
かなり分かりにくくしてあるけれどドレスにポケットがあったので早速持ち歩いていたのだ。
手に取ってみるとずっしりと重みがある。
同じサイズの木のクシと比べるとだいぶ重いといえるがそんなにサイズは大きくないので負担にはならない。
「ふへっ……」
クシを見てついニンマリとしてしまった。
不思議なものをプレゼントしてくれたものだとアユインは思った。
一応クシとしては使えるけれど硬い金属で出来ていて防御にも使えるクシだなんて。
アユインは寝転がったまま少し乱れた髪にクシを通す。
ジケは髪とかしたいなら普通のクシの方がいいと言っていた。
けれどアユインの髪はサラリとしていて無理に力を入れなければ金属製のクシでもとかす分には問題なかった。
「たっかいものだって聞いたけど……」
アユインもアダマンタイトというものは知っている。
それが高価なことももちろん分かっている。
だが素材そのものよりもアダマンタイトという加工が難しいものをちゃんと使えるレベルのクシ型に加工するということが驚きだと母親である第三王妃からアユインは聞いた。
お金持ちがアダマンタイト製のクシを探そうと思ってもおそらく見つけることはできない。
作ってもらおうと思っても職人や素材を探して引き受けてもらうのも大変だろう。
完成品だってアユインがもらったもののようにクシとして使えるものになるか怪しいところである。
“大事にされているのね”
そんな風に言われたことを思い出してアユインは顔を赤くする。
ジケに恋愛感情がなさそうなことは分かっているけれど少なくともアユインのことを友達として大切に思い、どんな贈り物がいいかを考えて、手間をかけてくれた。
嬉しくないはずがない。
無骨なクシなので可愛げなんかない。
なのにどうしてか可愛く見えてしまう。
本当はもうちょっとデザインぽくしたかったようだけどフィオスにそこまでの技量がなくて断念したとジケは言っていた。
無理をするとせっかくクシができたのに損傷させてしまうからだとも説明していた。
剣も防げるアダマンタイトのクシを損傷させてしまうなんてフィオスもすごいんだなとアユインはぼんやりと考えていた。
「あー、王女様!」
疲れたから少し眠くなってきたなと思っていると部屋にアユインにつけられたメイドが入ってきた。
ソーモという若い赤毛のメイドはアユインと年も近く、明るい性格をしているためにアユインともすぐに仲良くなった。
昔から仕えていてくれて、アユインが身分を隠している時からの仲である。
「ドレス、シワになっちゃいますよ!」
「あっごめん」
「起きてください。お着替えいたしましょう」
アユインは少し重たく感じる体を起き上がらせる。
ソーモの助けを借りてドレスを脱いで気軽な格好に着替える。
「それにしてもあの方がジケさんなんですね」
ベッドに寝転んだので髪がぐしゃぐしゃになっている。
ソーモはブラシを取り出すとアユインの髪を丁寧にとかし始めた。
「うん、貴族っぽくなくて面白い人だよ」
「お嬢様……王女様の口から時々お聞こえする男性ですからね。私も会ってみたいです」
「お嬢様でも大丈夫だよ」
身分を隠すためにソーモはこれまでアユインのことをお嬢様と呼んでいた。
表舞台に出ることにしたのでこれからはちゃんと王女様と呼ばねばならないのだけど長年の習慣はなかなか抜けない。
「なれなきゃいけませんから。それにしてもすごいものを頂いたようですね」
「これでしょ?」
たまたま手に持っていたので見せるとソーモはニコリと笑った。
「ええ、色々な贈り物がありましたが中でも異色でした。やはり商人らしいというところなのでしょうか」
「既存の文化や考え方にとらわれないで物事を考えられる人だからね」
「お嬢様……あぁ、王女様も評価してらっしゃいますね」
「お父様があの場に呼ぶくらいだよ?」
「確かにそうですね……」
アユインの友達というだけではパーティーには呼ばれない。
功績があって、王様が認めるほどの能力がある。
「…………それでどこまでいったんですか?」
「どこまでって?」
アユインに耳打ちするようにソーモは急に声を抑えた。
「ジケさんとですよ! キスぐらいはしたんですか?」
「な、ななななっ!?」
途端にアユインの顔が真っ赤になる。
「わ、私とジケくんはそんな関係じゃありません!」
「ふぅーん? でもぉ、まんざらでもなさそうですね?」
ソーモも分かってる。
アユインがそこまで積極的でないことを。
「どうやら貴族ではないようですが今時そんなことどうとでもなりますからね」
「だから……違うってぇ……」
「ふふふ」
そうして関係ではない。
でも嫌いでもない。
うつむいてモジモジとするアユインが可愛くてソーモはぎゅっと抱きしめる。
「お嬢様が選んだ相手なら私は応援しますよ」
「ん……ありがと」
「ロクでもない相手なら私がぶん殴って差し上げますから!」
「そうなったらジケ君のところに逃げようかな」
「よければ私も連れて行ってください」
「もちろん」
アユインとソーモは笑い合う。
アユインの新たな人生はまだ進み始めたばかりであった。
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