王女じゃなくアユイン7
「フィオスをご所望ですか?」
ジケがベビーベッドに寝転ぶ王子にフィオスを見せると笑顔で手を伸ばしてきた。
大丈夫なのかと第一王妃の顔を見ると少し複雑そうな顔をして頷く。
スライムならば害はないだろうと思ってもらえたのである。
「どうぞ」
ジケが優しくフィオスを差し出す。
すると王子は無造作にフィオスの体をギュッと掴んだ。
生まれて短い人生ではきっと触れたことのない感覚だろう。
一瞬驚いたように手を離して、またフィオスのことを掴む。
優しさとでもいうのか、フィオスから不思議な感情が伝わってくる。
「アユイン……アユイニュート様にも贈り物を持ってきました」
王子の方は第一王妃に任せることにしてジケは本来の目的の方に話を進める。
「そうか……良い友達でいてくれるようで感謝しているぞ」
「こちらこそ友達でいてくれてありがたいです」
アユインと目が合う。
ニッコリと笑顔を浮かべて嬉しそうにするアユインにジケも笑顔を返す。
「久しぶり」
「来てくれてありがとうございます」
「そりゃ美味しいもの食べられるからな」
冗談めかして答えるジケにアユインも後ろに立つ第三王妃もニコニコとしている。
「お話聞いております。アユイニュートがいつもお世話になっているようで」
「こちらこそアユインが友達になってくれてとても嬉しいです」
第三王妃は穏やかな笑みを浮かべる美人な人だった。
ややタレ目で柔らかい印象を相手に与える顔立ちをしている。
「これ、受け取ってくれるか?」
「もちろん」
ジケがプレゼントを渡すとアユインはすぐに受け取った。
「開けてみてもいい?」
「少し恥ずかしいけど……どうぞ」
アユインは箱の包みを丁寧に開いた。
「これは……クシと…………ですか?」
箱の中には金属で出来たクシが入っていた。
半分ほどのところがクシで半分が細い持ち手となっている。
あまり見ないような物にアユインは思わず首を傾げた。
「その通り、クシだ。ただこれは……髪をとかすには少し不向きかもしれない」
「なら……どうして?」
「実はな、アダマンタイトで出来てるんだ」
「えっ!?」
アユインの驚いたリアクションを見てジケがニヤリと笑った。
もちろんちゃんとクシとして使えるようなものではあるのだが利用方法の真の目的は髪をとかすことではない。
「小さな武器、小さな防具として使ってほしい」
「……どういうことですか?」
「表に出ることになったら危ない目に遭うこともあるかもしれない。武器を持ち込むことも厳しい状況だって考えられる。だけど髪を整えるためのクシなら持ち込んだって文句は言わせない」
ジケは何を贈るか考えた時にアユインの安全を考えた。
アユインを狙うような人がいるとは思えないが万が一ということは常にありうる。
表舞台に出ることになったのならこれからパーティーなんかに出ることもあるだろう。
そうなればドレスに剣とはいかない。
持ち込めるものだって制限されるしナイフですら隠して持つのも大変なことがある。
そんな時にクシならばクシだからと言い訳をして持ち込むことができる場所も多い。
「アダマンタイトは硬い金属だ。小さいクシに加工したところで簡単には切れない。それに持ち手は細く、ある程度鋭くもしてある」
クシで剣を持った相手と戦うのはおそらく無理だろう。
しかしアダマンタイトのクシがあれば一撃ぐらいは防げるかもしれない。
さらに持ち手部分は細くなっている。
思い切り突き刺せば相手に穴が空く。
相手を怯ませるぐらいのダメージは与えることができるのだ。
「結構作るの大変だったんだ」
アダマンタイト製のクシはジケとフィオスの大作であった。
剣やナイフなんかにアダマンタイトを加工することは大変だけど鍛冶職人ならできる。
対して、アダマンタイトをクシに加工するのは鍛冶職人でも出来ないのだ。
なぜならクシ型にアダマンタイトを細く、一定間隔で加工するなんてこととてもじゃないができないのである。
ならどうしてジケたちはそんなことができたのか。
ジケはフィオスの能力を活用してクシを作り出したのである。
物を溶かすという能力はフィオスが最初から持っている1番の強みかもしれない。
ある程度の形まで鍛冶職人の方でアダマンタイトを加工してもらった。
そしてその後をフィオスにじわじわと溶かしてもらい、クシの形に調整してもらったのである。
かなり難しい注文だったと思う。
けれどフィオスは巧みに溶かす部分を分けてアダマンタイトの塊をしっかりとクシに仕上げてくれたのだ。
ただし硬い金属なので普通に髪をとかすなら木なんかのクシがいいだろう。
いざという時の武器や防具の選択肢の一つとしてジケはアダマンタイトのクシをアユインに贈った。
多少髪を整えるぐらいなら使えもする。
「いつかこれが君のことを守るかもしれない。使わないのが一番いいんだけどね」
「ありがとうございます、ジケ君」
「どういたしまして……アユイ……」
「アユインで」
「そうか、アユイン」
見た目も地味だし、使い道もなかなか難しいものである。
しかし材料はアダマンタイトでクシに加工できる職人が世界にいるかどうかも分からないということを考えるとアダマンタイトのクシという物の価値は実は計り知れない。
アユインは自分のことを思ってくれたことに感動していてあまり気がついていない。
けれど第三王妃はジケが贈ってくれた物の価値に気がついてひっそりと驚いていたのであった。
「あーうー」
そしてフィオスは王子に引っ張られて伸ばされたりしながらも立派に相手役を務めていたのである。
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