王女じゃなくアユイン5

「あまり飛ばし過ぎずに少しずつ食べていけよ」


 これを待っていた。

 タミとケリが目を輝かせてどの料理を食べるか品定めしている。


 王室料理人の料理を食べる機会なんて滅多にない。

 特に今日は王子生誕の祝いなので豪華な料理が用意されている。


 使われる材料もさることながら料理そのものもあまり見ないものが並んでいてタミとケリの鼻息が荒い。


「エニ、ユディット、タミとケリのことを頼む」


「了解いたしました」


「うん、分かった」


 ジケも飯に集中したいところであるがそうもいかない。

 こうしたパーティーでは招待してくれた相手に直接ご挨拶する必要がある。


 全員でゾロゾロといく必要はないのでタミとケリを始めとして先にパーティーを楽しんでいてもらう。


「悪いな、少し我慢してくれ」


「もちろんさ、会長様」


 エニだけだとタミとケリを見ているのも大変かもしれないのでユディットにもお願いする。

 そしてジケはリアーネを連れてなんとなく王様に近づいておく。


 騎士たちが目を光らせて順に王様に挨拶している。

 さらにただ挨拶するだけではなく祝いの言葉と共に手に持った贈り物を王様に渡していた。


 生誕の祝い、そしてアユインの社交界デビュー祝いのプレゼントである。

 挨拶だけならいいのだけどちゃんと贈り物も必要なのだ。


 これにジケは苦労した。

 物で何かを贈るというのはなかなか難しい。


 王族となれば訪問客も多くて贈られるものも多い。

 アユインや王様はジケが何を贈っても怒ることがないと分かっているができるなら喜んでほしいと思うのが人の心である。


 王城に入る時に騎士に預けてあるので声をかけて持ってきてもらう。

 騎士が持ってきたのは手のひらよりも長いくらいの縦長の箱である。


 シェリランにお願いしてラッピングもしてあるので箱だけでも意外と可愛らしい。

 挨拶は上の立場の人から行われる。


 明確に上下があるようなところから始まり、だんだん境が曖昧になっていく。

 リンデランのヘギウス家やウルシュナのゼレンティガム家なんかはかなり明確に上の方となる。


 宰相を始めとした人たちが周りに目を光らせて次に誰が挨拶すべきなのかを決めていく。

 ヘギウス家の三人も早めに呼ばれて王様と言葉を交わし、リンディアが何かを王様に渡している。


 後半の人たちになると何を贈られたのかわざわざ確認しないが最初の方ではいくつか贈り物も確認する。

 王様が箱を開けてみると子供用の服であった。


 せっかくロイヤル品質の布も手に入ったのだからそれを使って作った手触りの良い子供服を贈り物にしたのだ。

 次にリンデランがアユインにプレゼントを渡した。


 少し会話をしてギュッと抱きしめ合う。

 これでようやく嘘偽りのない関係が築けるようになった。


 リンデランが贈ったのはお菓子作りセットだった。

 リンデランとお揃いのもので一流の職人が作ったものである。


 こうした場に刃物のプレゼントはふさわしくないので一部の物は後でアユインの手に渡ることになっている。


「腹減ったな」


「俺もだよ」


 少しぐらい食べていても大丈夫だったかなと他の人の挨拶を眺めながら思った。

 けれどいつ呼ばれるかも分からないし挨拶を控えていては緊張してしまうのでやはり挨拶後に食べるのがいい。


 ただ貴族でもない一介の商会長が呼ばれるなど相当後になるだろう。

 箱のラッピングが手汗でよれてしまわないように気をつけて時々持ち替えながら待つ。


「ジケ様」


「はい?」


 宰相であるシードンがゆっくりとジケの隣に立った。


「三つ後、ご挨拶願います」


「えっ、早くないですか?」


 まだまだ貴族は列を成して待っている。

 ここまでで貴族でないものが挨拶はしていない。


「むしろ遅いぐらいでしょう。体面というものがありまして順番遅くなりましたこと謝罪いたします」


「いえ……」


 そんなこと言いたいのではない。

 最後ぐらいまで待つ気でいたのに待っている人の数から考えると上から数えた方が早いぐらいで順番が回ってきてしまった。


 ジケが動揺している間に次の人が呼ばれて、ジケの順番が近づく。

 急激に緊張してくる。


「そう緊張なさらないでください。護衛の都合もありまして他の方々とは距離を保っています。大きな声で話さない限り周りに聞こえることはありませんので礼儀作法も失礼がなければ大丈夫です」


 ジケの気持ちを先回りしてシードンが微笑みを向ける。


「ではそろそろ前に」


 ジケはシードンに促されて前に出る。

 貴族たちがジケを見てざわつく。


 こうした場に招待される貴族であるなら周りの貴族たちもほとんど顔は知っている。

 ただジケの顔を知らないという人は貴族の中でもおよそ半数ぐらいはいるのだ。


 フィオス商会の商会長という肩書きだけなら多くの人は知っているだろうがジケの顔と結び付けられる人は意外とまだ多くない。

 つまりどこの誰だか分からないジケが自分たちの順番すっ飛ばして前に出てきたのだから驚いているのだ。


「ふん……少しは中央の人間関係について知っておけばよいものを」


「無理もないですよ。ジケ君はある意味有名ですがなかなか掴みどころがない」


 先に挨拶を終えてグラスを片手に様子を見ていたパージヴェルとルシウスが貴族たちの反応を鼻で笑った。

 驚いているのは地方の有力貴族が多い。


 中央進出を狙う貴族や噂に対して敏感な貴族はジケに対して驚いている人が少ない。

 むしろ反応を見て優秀な貴族かどうか見抜けるぐらいであった。

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