王女じゃなくアユイン3

「失礼」


 突っ立っているのも暇。

 早くパーティー始まらないかなと思っているとジケよりもいくらか年上そうな貴族の青年が話しかけてきた。


「見たところヘギウスとゼレンティガムのご令嬢ですかな?」


 ただ話しかけた相手はジケではなくリンデランとウルシュナにであるようだ。


「僕はジュルシュン・アジャモント。西に領地を持つアジャモント家の長男です。社交界でも三花と名高いお二方にご挨拶申し上げたくて、お声かけさせていただきました」


 なかなか勇気あるなとジケは思った。

 他の人と明らかに談笑中。


 さらには周りの人はリンデランとウルシュナという美人二人に対して気後れしているのにそんな中で声をかけてきた。

 空気が読めないか、すごく勇気があるかのどちらかだ。


 とりあえず勇気がある方だとジケは解釈しておいた。


「どうも初めまして」


 どうやら知り合いでもないようでリンデランとウルシュナは先ほどまでの柔らかい笑みを消してジュルシュンにお辞儀をする。

 結構冷たい顔してるとジケからは見える。


 だけどジュルシュンからして見ると改めて正対したリンデランとウルシュナの顔の美しさが際立つ結果となっていた。


「……お話がないのならこれで」


「あっ、ちょ、待ってください!」


 リンデランに見惚れてぼんやりとしてしまったジュルシュンに再度頭を下げて会話を終わらせようとする。

 しかしハッとしたジュルシュンは食い下がる。


「今度領地にてパーティーがあるのですが……」


「でしたら正式に招待状を送ってください。予定を確認してご返事いたしますわ」


 伊達に貴族の令嬢をやっていない。

 下手に楽しそうとでも言えば出席の意思ありとみなされてしまうかもしれない。


 あるいは絶対に行きませんとも真正面から答えるのも失礼になる。

 なんの感想も告げずに行くとも行かないとも答えずにさらりと受け流すのは流石である。


「そ、そうですか……」


 楽しそう、行きます! とでも返事してもらえるとでも思っていたのかジュルシュンは顔を引きつらせている。

 どうやら空気が読めない人だったようだ。


「では……そちらの令嬢たちは……」


 さっさと引けばいいのにジュルシュンが次に目を向けたのはエニだった。


「あまりお見かけしませんがよければ……」


「すいませんがこの子はうちの子なので」


 ジケが会話に割り込む。

 別にエニなら断ってしまうだろうがジケにはこうした相手からエニを守る義務もある。


「君は?」


 あからさまにつまらないという目をジケに向けるジュルシュンだが今好感度が下がっているのはお前の方だぞとジケは思う。

 それにリンデランやウルシュナだけではなく、王室の警備兵もちらちらと様子をうかがっている。


 単なるトラブル防止か、それとも特別な指示でもあるのかは知らない。

 けれどトラブルを起こしてジュルシュンのためには決してならそうである。


「この子を誘いたいなら俺を通してもらわないと」


 絶対許可しないけど、と思いながらジケは一歩も引かないことを態度で示す。

 名前だって教えてやるものか。


「見たところ貴族でもないようだが……」


「貴族でなければなんだと思う?」


「平民か?」


「違うよ」


「はぁ? なら貧民だとでも言うのか?」


「そうさ」


 過去では貧民であることがひどく屈辱的であると感じることもあった。

 だけど今は別に貧民も悪くない。


「貧民だと? 貧民がなぜこんなところに……」


「うん、その意味はよく考えた方がいい」


「なんだと?」


「貴族でもないのにこうしてここに呼ばれてることの意味だよ」


「…………それは」


 ここまで言ってやってジュルシュンはようやくジケの言葉を理解したらしい。

 有力貴族でもないのに呼ばれている人間は王室に大きな貢献をしたり、国が招待するにふさわしい功績があると判断した人物になる。


 ジュルシュンも小さい貴族ではない。

 けれど規模が大きいパーティーだからギリギリ呼ばれたすぎない。


 ジケがこの場に呼ばれるほどの相手であるということの意味を考えた時に、自分の態度が後にどんな影響を及ぼすのか急激に不安になってきた。


「ジュルシュンさん。あなたは自分の言葉に責任が取れる人ですか?」


「……う」


 言葉を失ったジュルシュンがリンデランとウルシュナの冷たい視線にもようやく気がついた。

 そもそもリンデランやウルシュナと仲良く話している時点で察するべきである。


「今日は祝いの席です。このまま穏やかに会話を終えましょう」


 もう少し突けば泣き出してしまうかもしれない。

 しかしアユインのパーティーでそんなことになってはいけないのでジケは笑みを浮かべてジュルシュンに助け舟を出す。


「そ……そうですね。失礼いたしました」


 会話に入ってくるという空気の読めなさはあったけれど流石にジケの助け舟の気配は感じ取れてジュルシュンは大きく頭を下げると足速に立ち去っていった。


「カッコいいじゃん」


「まあ……一応な」


 助けてもらえて嬉しそうなエニがチョンとジケの腕をつついた。


「俺を通してもらわないと」


「おい、やめろぉ」


 エニが照れ隠しのようにジケの真似をしてみせる。


「私たちは守ってくれないんですか?」


 ようやく邪魔者が去ったのでリンデランとウルシュナの表情も作ったものから自然なものに戻る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る