モフモフの虫2

「んー、そう?」


「不思議じゃないの?」


「私はそんなにかな」


 一方でエニはそんなに不思議でもない。


「まあこっちは蜘蛛の糸で色々作ってるしな」


 魔物から何かを作ることはそれと関係した仕事でなければ関わることもほとんどない。

 そうすると魔物から何かができるという認識は薄いのだ。


 ジケたちは魔獣の力を使って物を作り出しているから魔物から何かを作るということに違和感がないのである。


「こーんな格好もしてさ」


 ミュコがパッと腕を広げる。

 今ジケたちは黒いローブに身を包んでいた。


 それは周りから見えにくいようにしてシルウォーにストレスを与えないようにするためである。

 お屋敷の後ろに広がっているのは森で、暗い服装をしていれば普通の格好よりはいくらかバレにくい。


「ここらへんから静かにお願いします」


 ジケたちを先導しているのはシルウォーの糸取り事業を統括している責任者のダスーミャという女性だった。

 先代の責任者の娘で、先代はヘギウス商会から雇われる前から糸を採取する仕事を生業としていた人であった。


 緑がかった髪色と落ち着いた顔立ちをした女性で背中には弓矢を背負っている。

 あまりジケの周りには弓を扱う人がいないのでちょっと珍しいなと思った。


 ちなみに魔獣は出さないでくださいと言われていたのだけどフィオスだけは許可された。

 別にダメならしょうがないから置いてくるのだけど先にスライムは多分大丈夫ですよって言われたら連れて行ってあげるしかない。


 基本は魔獣もシルウォーのストレスになるから出しちゃいけないらしい。

 なんでいいのか聞いてみたらシルウォーの住処付近をスライムがうろついていたことがあったらしい。


 シルウォーを襲うでもなく、シルウォーが襲うでもない。

 だからといってストレスを与えている様子もなかったのである。


 だから経験則からスライムは脅威にならないので大丈夫ですよと許可してくれたのだった。

 いいんだか悪いんだか、という話である。


 シルウォーの脅威にならないほどフィオスも優しいのだと思っておいた。


「ここらの木の葉っぱがシルウォーのエサになるんです」


 ダスーミャは近くにあった木の葉を一枚適当に取ってみせた。

 大人の手のひらよりも少し小さいぐらいの葉っぱであるが特別な感じはしない。


「人が食べたところでどうしようもないですがシルウォーはこれしか食べないんです」


 木が枯れないように森全体の木から少しずつ葉っぱを集めてシルウォーに与えている。

 葉っぱを受け取ったミュコが光に晒したりするけど本当に普通の葉っぱである。


「この木なら他にも生えているところがあるのですがシルウォーがここを繭ごもりの場所に選んだのはあれが理由です」


「あれは……」


 森の真ん中には不思議な草のドームがあった。

 ツタのような植物が複雑に絡み合って大きなドームを形成している。


 中は空洞になっていて生えている木に大きな白い繭がくっついているのが見えた。


「不思議でしょう? 私たちが見つける前から自然とこうした場所があったらしいです。あの中に見えるのがシルウォーの繭です」


 植物のドームは人が作り出した物ではない。

 ここで糸取りの仕事が始まる前から植物のドームは存在していて、シルウォーはここに繭を作ってきたのだ。


 風通しがよく、直射日光が当たらないので気温が一定に保たれて快適な場所のようだ。


「ダスーミャさん」


「ケトイさん」


 あれが布になるのか、と感心していると同じく黒いローブを着た男性が近づいてきた。


「見学ですか?」


「ええ、繭がどんなものかと後は場所の確認も兼ねて」


「今から軽くほぐすのですが見ていきますか?」


「今日はもう来たのですか?」


「先ほどどこかに」


「では見学させてもらいましょうか」


 シルウォーが繭を作る前なら近寄ることはできない。

 しかし繭を作ってこもり、安定期に入ると騒がないなら近づいてもストレスにならない。


 ケトイという男性について繭に近づく。

 近づいてみると繭は意外と大きく、ジケと同じぐらいのサイズがあった。


 ケトイは腰からナイフを抜いた。

 ただのナイフではなく木でてきたナイフだった。


 繭に近づくとそっとナイフを差し込んでグリグリと動かしている。


「何してるんですか?」


 声を抑えてジケがダスーミャに質問する。


「繭ほぐしです」


「繭ほぐし……?」


「シルウォーはあの繭の中で脱皮して大きくなるのですが出てくる時に繭の一部を溶かしてしまうのです。そうすると溶かされた部分周辺はもう糸として使えなくなってしまうのです」


 ダスーミャも声を抑えて説明してくれる。


「昔は糸を多く取るために繭を取って煮たりして中のシルウォーは殺してしまっていました。ですが今はああやって繭の一部をほぐして穴を開けておくのです。そうすると穴から出てきてくれて繭が無駄にならないんです」


「へぇ〜」


 昔ながらの方法に甘えるだけでなく、より良い方法をヘギウス商会では考えた。

 それがケトイがやっている繭ほぐしだった。


 シルウォーは通常繭を溶かして出てくる。

 けれど安定期に入った繭の上部を優しくほぐして穴を作っておくと溶かさずそこから出てきてくれるのである。

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