招待状、準備が必要そう3

「また私たちに? それは非常に光栄ですね」


 以前フィオス歌劇団は王城でも歌劇を披露したことがある。

 だいぶ評判が良くて貴族からも問い合わせが多かった。


 こちらの国に来てからの公演はまだ数が少ないので是非やってほしいという要望もあるのだろうとジケは思う。


「先の公演の予定はありません。それにフィオス商会に来た仕事を私が断るわけにはいきません」


「ありがとうございます」


「いえいえ、こちらこそ再び光栄な場を与えていただきまして感謝しております」


 とりあえず歌劇団の方は予定を抑えられてジケはホッとした。


「よければなのですが」


「なんですか?」


「この招待、他にも人を連れて行っていいんです。ミュコも一緒にと思っていまして」


「え、ほんとう!?」


 ミュコの顔が一気に明るくなる。

 歌劇団の講演の招待としてはパーティーに参加することはできない。


 華やかなパーティーに行ってみたいという思いはミュコにもあった。

 エニも連れて行くのだ、ミュコも一緒に行ってダメなことなどないだろう。


 アユインの友達としてもミュコはいいかもしれないしと思う。


「商会長殿のご迷惑にならないのでしたら」


「俺はミュコを迷惑なんて思ったことはないですよ」


「ジケ……ありがと」


「ミュ……!」


「へへ、お礼!」


 ニコニコと笑うミュコはジケの頬に軽くキスをした。

 ジケは顔を赤くして、ニージャッドもエニも驚きに目を丸くしている。


 ミュコも平然としているようで耳が真っ赤だ。


「ん……あ、ああ、ありがとう……」


「へへ……」


 ジケが動揺していることにミュコは嬉しそう。


「む……むぅ……」


 ほんの一瞬エニも対抗しようかなんて考えたけど想像するだけでも恥ずかしさで顔が熱くなる。


「えと……まあそれに関してシェリランさんにお会いしたいのですが」


「彼にですか?」


 ジケは照れたことをごまかすようにもう一つの用事に話を移した。


「ええ、調子はどうですかね?」


「彼も元気よくやっていますよ。打ち解けてみると悪い方でもありませんし。今は2階で作業していますよ」


「分かりました。じゃあまだ先ですけど準備などお願いしますね」


「団員に話しておきます」


 ジケが立ち上がって移動するとエニとミュコもその後をついていく。

 階段を上って2階の奥の部屋に行く。


「シェリランさんいますか?」


「おっ、この声は! 会長殿ではないですか!」


 部屋のドアを2回ノックすると中から男性の声とドスドスとドアに近づく足音が聞こえてきた。


「ようこそ会長殿!」


 ドアが開いて顔を出した男性は大きく歯を見せるような笑顔を浮かべた。

 シェリラン、またの名をイグノックス。


 かつて獣人の女の子エスクワトルタを奴隷として買って爵位を剥奪された人である。

 しかしイグノックスが奴隷を買った目的は服を着せるため。


 いわゆるモデルとなるような女の子では普通の子、それも話が漏れる心配がなくて好きに服を着せられるような相手として奴隷を選んだ。

 結果的にジケにバレて捕まったのだけど裁縫の腕を見込んでそのままイグノックスをフィオス商会で引き取ることにした。


 今では劇団の衣装を作りつつトードスマイルというブランドで服も出している。

 さらにイグノックスは名前を変えてシェリランと名乗っていた。


 元犯罪者ということを隠すためなんて理由もあるがイグノックスという名前ではなくもっと女性らしい名前がいいと本人が望んだので好きに名乗らせている。

 シェリランという名前はイグノックスの祖母の名前をいじったものであるようだ。


 シェリランに部屋の中に入れてもらう。

 衣装を担当してもらっているためにミュコはシェリランが平気なようであるけれど相変わらず凶悪な笑みをしているのでエニは苦手なようだ。


「今日はどのようなご用で? 後ろの貴人の服をお探しですかな?」


 シェリランの中ではもうエニに似合いそうな服の製作が始まっている。

 シェリランは意外と観察眼が良くてみただけでも人の体格を見抜いて適切なサイズ感で服を作ることのできる才能の持ち主だった。


 ただ相手を見抜くためには相手を見なきゃいけない。

 ジッと見られて気味の悪さを感じたエニはサッとジケの後ろに隠れた。


「非常に良い!」


 すでに頭の中でエニに数パターンの服を着せたシェリランはニカっと笑顔を浮かべた。

 エニは美人であるし手足もスラッとしているのでドレスも映える。


 自分の作ったドレスを着てもらえるならなんと良いことだろうと上機嫌に鼻息を吐き出した。


「お嬢様、お名前は?」


「こいつはエニっていうんだ」


「エニ様ですね。是非ドレスを作らせていただきたいのですが」

 

「ど、ドレス?」


「そのことについて相談に来たんだ」


「おや? ……ああ、また勝手に突っ走ってしまいましたね」


 ジケの用件を聞く前にエニに見惚れてしまったとシェリランは反省する。

 ドレスが似合いそうな女性を見るとつい熱がこもってしまうのは悪い癖である。


「いえいえ、むしろドレスを作ってもらうために来たんです」


「ドレスを作りに?」


 ジケは事情を説明した。

 王族のパーティーに呼ばれていて、そのためにエニやミュコのドレスが必要であるのだと。

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