招待状、準備が必要そう4

「なるほどなるほどなるほど!」


 シェリランの目が輝く。

 今回依頼するのはエニとミュコのものだけではない。


 ジケや護衛として連れていくリアーネなど全員分をお願いすることになる。

 シェリランだけでは手が足りないだろうから劇団の衣装係の手を借りたりすることも必要だ。


 男性陣の分は既存の服を手直しするような形で間に合うことだろう。


「王族のパーティーですか……これはまた難しい! しかしやりがいはある!」


 地味ではいけない。

 かといって派手すぎてもいけない。


 周りに馬鹿にされないような華やかさを演出しつつ決して目に痛いような華美さは出さないように絶妙なラインを狙う必要がある。


「会長殿……このシェリランにお任せください!」


 シェリランの頭の中ではすでに数パターンのドレスのアイデアが浮かび始めている。


「ドレスを作るために皆様の採寸をしたいのですが」


「分かりました」


「え、こ、この人が?」


 シェリランはまた口の端を大きく上げる笑顔を浮かべている。

 大袈裟な笑顔だができる限り笑顔を浮かべているのだと分かるように笑っているのだ。


「まあ……怪しいのは認めるけど良い人だよ」


 劇団の衣装もシェリランが考えて作っている。

 ミュコたち劇団員もシェリランのことは警戒していたのだけど、衣装は素晴らしく仕事ぶりは真面目なので今やみんなに認められている。


「それに採寸するのは私ではありません」


 もちろん女性に触れてしまうのはもってのほかだとシェリランは思っている。

 前科もあることだしそこは一線を引いている。


 採寸を行うのは劇団の衣装係をしている女性なのでエニも安心だ。


「会長殿の採寸は私がいたしましょう」


 ただそれはエニが女の子だからシェリランがしないのであってジケは男の子である。

 採寸のためのメジャーを片手にニタリと笑うシェリランに迫られて、ジケは拒否することもできなかった。


「会長殿には感謝しています」


 裸にはならないけどちゃんと採寸するために薄着にはなる。

 ジケはエニとミュコと別の部屋でシェリランの採寸を受けていた。


 採寸しているシェリランは真面目な顔をしている。

 仕事に関しては本気で取り組んでいるのだなとジケにも伝わってくる。


 ジケの体のデータをメモしてシェリランはいつもと違う穏やかな笑みを浮かべた顔をジケに向けた。


「感謝ですか?」


「私の悪行を止め、私の罪を赦して、第二の人生を与えてくれました」


 こんな顔もできるのだとジケは少し驚いた。


「奴隷の売買などどこかで見つかっていたでしょう。そうなるときっと私はただ罪に問われて人生が終わっていました。けれど会長殿は私にチャンスをくださいました」


 シェリランはジケの前で片膝をつく。

 そして足の長さを測る。


「今の私はとても充実しています。美しい服を作り、自分を偽る必要がない。このことがこんなに素晴らしいことだとは思いませんでした」


「それは……良かったですね」


「妻と子には悪いことをしました。実家の方で楽しくやっているそうですがね。元々お金だけでつながっていたような関係だったのでこちらもこれでよかったのかもしれません」


 シェリランの妻は遠い地方の領主の娘である。

 首都周辺ならばシェリランのことも噂になるかもしれないが遠いところならばさほど噂に振り回されることなく自由に過ごせる。


 シェリランは財産のほとんどを妻と子供に渡した。

 地方という不便さはあるかもしれないがお金はあるので生活する上で困ることはない。


「若くして才覚も私のことも飲み干す度量もある会長殿に出会えたことは一生の幸せです」


「そんな……」


 流石に持ち上げすぎだと思う。


「さらには謙遜できるお心も持っている。たとえこのシェリラン……いや、イグノックスはあなたに救われた。一生かけて会長殿にこのご恩をお返ししていきます」


 シェリランは優しい目をしていた。

 過去を知っているから助けただけなのだがシェリランにとっては裁縫趣味を認めてもらったことで自分というものを肯定してもらえた大きな支えとなっていた。


「……いけませんね、歳を取ると少し緩くなる」


 シェリランは目元を拭う。

 何かを認めてくれる人がいる。


 このことは人生において大きな意味を持つ。

 シェリランにとってはそれがジケだった。


 今はジケが支えてくれたことによって他の人もシェリランのことをみんな認めてくれるようになった。


「きっと会長殿は大きくなる。その度に私が服を作りましょう。あなたを中身に負けない立派な人に見せて差し上げます」


「…………そんな立派なもんじゃないよ」


「とても立派ですよ」


「なんだか……くすぐったいな」


「服は鎧です。社交場は戦場です。少しでも会長殿の助けになれるような鎧を私が作ります」


「分かった。頼むよ、シェリラン」


 誰かが自分に服をお願いしてくれる。

 そのことが嬉しくてシェリランは潤んだ瞳でジケを見上げてゆっくりと頷いたのであった。


「よかったら、フィオスの衣装も作ってくれる?」


「もちろんです」

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