招待状、準備が必要そう1

「手紙?」


 愛しの我が家に帰ってきたジケはいなかった間に事件はなかったかなどと確認をしながらアラクネノネドコの製造を指示した。

 家でのことはニノサンがしっかりとやってくれていて問題はなかった。


 ジケに報告を入れるようなこともなかったのだがジケに郵便が届いていたのだとニノサンは封筒を渡した。

 ジケは誰からだろうと疑問に思う。


 基本的にジケに手紙を書く人はいない。

 遠方の友人はおらず同じ町に住んでいたら会いに行った方が早い。


 そもそも文字が読めないことも多い貧民に手紙を出すなんて人は圧倒的に少ない。


「げっ、王家の紋章だ」


 ガサガサとした質の悪い紙じゃなく手触りがいい紙だと指先で感じながら封筒を受け取る。

 ジケが封筒を見ると蝋で封がしてあった。


 封蝋を見てどこから差し出された手紙なのかジケはすぐに察した。

 ジケも何度か見たことがある王家の紋章で封蝋の刻印がしてあったのだ。


 ひっくり返して見てみると差出人の名前は王様だった。

 なんだろうと思いながら手紙を開封する。


「招待状?」


 中には手紙が入っていた。

 ジケが手紙を開くとエニが後ろから覗き込む。


 真っ先に目に入ってきた一番上には招待状と書いてあった。

 つらつらと内容を読んでいくと以前アユインから聞いた王様の子供が無事に産まれたらしい。


 そのためのお祝いやお披露目が行われることになったようだった。

 それだけならジケが呼ばれることもないのだけど同時にアユインも正式に社交界デビューを果たすことになった。


 アユインの友達かつフィオス商会の商会長としてジケも招待されたのであった。

 王様助けたりと色々とやったしジケが功臣に近いような存在であることは間違いない。


 招待状にはジケだけでなくフィオス商会の関係者もと書いてある。

 事前に誰が行くのか申請しておけばみんなも行けるようだ。


「……ジー」


「エニも行くか?」


 ジケの肩に顎を乗せて招待状を眺めていたエニ。

 顔の横に視線が刺さっているのは気のせいではないだろうと分かっている。


「いいの?」


「もちろん。みんなにも聞かなきゃな」


 全員連れて行くなんてことはしないけど行きたいという人がいれば連れて行ってあげたい。


「あとは歌劇団の方か」


 招待状とは別にフィオス歌劇団に歌劇を披露してほしいというお願いも添えてあった。

 ちゃんとした依頼なので招待と共に返事を早めに出しておかねばならない。


「たっだいまー!」


「おっ、ちょうどよかった」


「ん? どったの?」


「ちょっと仕事の話が……ミュコ?」


「えへへ、エニもやってるから」


 良いタイミングでミュコが家の中に入ってきた。

 フィオス歌劇団として新たなるスタートを切ったミュコたちは国内をのんびりと行ったり来たりして歌劇を披露していた。


 南の諸国ではだいぶ知られる存在であったがこの国ではまだ知名度は低い。

 コツコツとフィオス歌劇団としての名声を高めていた。


 偶然ミュコたち歌劇団が帰ってきたようだった。

 そしてミュコはエニがジケの肩に顎を乗せているのを見て自分もジケの肩に顎を乗せた。


 ジケの後ろに2人が密着するような奇妙な感じになっている。


「フィオス商会のために頑張ってるんだよ? 褒めて!」


「ん? ああ、いつもありがとな」


「えへへ……」


 素直に褒めてと言われるのだからジケも素直に褒めて頭を撫でてやる。

 ここら辺のストレートさはタミとケリにも通ずるところがある。


「とりあえず……この変な感じやめない?」


 2人の吐息が間近に聞こえる。

 一度意識してしまったらなぜか変に意識してしまってジケはドキドキとしていた。


「なーに? 恥ずかしーんだ?」


「そりゃ……なぁ」


 エニもミュコも美少女である。

 こんな近くに顔があって何も思わないという方がおかしい。


「ふーん……」


 ミュコがひっそりとエニをつつく。

 ジケにバレないように顔を下げて軽くジェスチャーする。


 エニはミュコのジェスチャーの意図を汲み取ってニヤリと笑ってウインクする。


「ふっ!」


「ふっ!」


「ひゃあ!」


 エニとミュコは同時にジケの耳に息を吹きかけた。

 背中がキュッとするような感覚にジケは不思議な声を上げてしまった。


「あはは、ひゃあだって!」


「おい! 2人して!」


「怒った! こわーい」


「逃げるよー!」


 ほんのりと顔を赤くして耳を押さえるジケを見てエニとミュコは笑う。

 なんだかエニとミュコは気が合っているようで、どちらも割と大人びた感じなのに2人揃うと年相応の女の子な感じが出てくる時がある。


「もう……」


「ふふふ、それでさっきお仕事の話って聞こえたけど?」


「ああそうだ、次のどこか行くような予定はないよな?」


「今のところないと思うよ。しばらくお休み! 帰る家があるって良いね」


 これまでテレンシア歌劇団として活動していたときは移動の連続だった。

 でも今はフィオス歌劇団として帰る家もあるし、スケジュールも余裕を持って活動している。


 エニなどの友達もできてミュコもより明るくなった。

 ミュコを狙うようなクソ野郎もジケやフィオス商会の威光を持ってすれば近づけないので安全である。

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