君はそばにいてくれたかな?

 商談も成功して、イバラツカの問題も解決し、パンルサンの手記についてもモロデラに任せられることになった。

 予想外の長期滞在とはなったものの色々と上手くはいった。


「ねえ」


「なんだ?」


 荷馬車に揺られて家に帰る。

 ボロボロの我が家だが人生1周目も含めるとかなり長いこと住んだ家であり、なんとなく恋しくも思ってしまうようになった。


 馬車の穏やかな振動でもプルンプルンしているフィオスを眺めていたエニがジケに声をかけた。


「フィオスってさ……スライムだよね?」


「これが別のものに見えるか?」


 ジケが膝に抱えたフィオスを少し持ち上げてみるとそれでもまたプルルンと揺れる。

 青く透明な魅惑の流線形ボディー、体の中に見える可愛らしい核とどこからどう見てもスライムである。


「いや、そーなんだけどさぁ」


 エニが何を言いたいのかジケにもなんとなく分かっている。

 フィオスが本当にスライムかどうかを聞きたいのではない。


 本来ならスライムは何もできない魔物であると言われている存在だ。

 それなのにジケのフィオスができることは幅広い。


 金属になったり傷を治したり、以前には死んだジケ蘇生したりなんてこともした。

 さらにはオオカスミを説得した、とジケは主張している。


 本当かどうかはエニにも分からないけれど確かにエニの目にもフィオスがオオカスミに何かを伝えているようには見えた。

 ただのスライムといってしまうにはあまりにも常識外れである。


 何者、というかどうしてそんなことができるのか気になった。


「他のスライムがどうかは分からんけど……フィオスは俺と一緒に成長してるんだ」


「フィオスが成長してる?」


「色んな経験をして、色んな出会いをして、色んなこと練習してフィオスも人みたいに少しずつ成長してる。何も考えず、何も思わないなんて言われるけど違うんだ」


 ジケがフィオスに視線を向けると幸せな感情がフィオスから伝わってくる。


「フィオスも色んなことを見ていて色んなことを覚えてる。ちゃんと感情があるし、記憶もある。ただ誰もそれを知らなかっただけ」


 フィオスと一緒にいて、フィオスのことを改めて考えて、気がついたのだ。

 スライムは世間で言われている魔物とは違うのだと。


 確かに成長の速度は遅いかもしれない。

 金属与えたりポーション与えたりと普通はしなくていいようなことをしなくてはいけないかもしれない。


 けれどフィオスはそうしたことに全て応えてくれる。

 共に学んだ分フィオスは賢くなり、共に努力した分フィオスも強くなる。


 それでも他の魔物よりも弱いのかもしれないけれどゆっくりとでもフィオスは成長している。


「今回のこともフィオスはフィオスなりに考えて行動しているんだ。きっとあのオオカスミっていう魔物が話の通じる魔物だとフィオスには分かったんだ」


 少しだけ嫉妬しちゃうなとエニは思った。

 フィオスを見つめる目は強い信頼が見てとれた。


 言葉も喋らないフィオスだから確かめようがない。

 でもジケは信じているのだ。


 フィオスが共に成長しているのだと。

 ジケとフィオスの間には入り込めないような絆がある。


 魔獣に嫉妬してどうするのだと自分でも思うのだけど羨ましいほどの関係性である。


「シェルフィーナ」


 なんだか羨ましくなってエニも自分の魔獣であるフェニックスのシェルフィーナを呼び出した。

 ミニサイズになったシェルフィーナはエニでも抱えられるほどの大きさとなっている。


 呼び出されたシェルフィーナはペコリとフィオスに頭を下げる。


「ほんと不思議。フィオスも……あんたもね」


「俺もか?」


「あんたといると色々起こるもんね」


「俺が起こしたくて起こしてるんじゃないよ」


「分かってる。でもなんだかんだで色々首突っ込んで色々解決しちゃうのすごいと思ってるよ」


「……ありがと」


 照れ臭そうに笑うエニはごまかすようにシェルフィーナを撫でる。

 ジケは再びフィオスに視線を落とす。


 フィオスはそばにいてくれるだろうかとふと思った。

 一度死んだ時にフィオスは呼び出したままだった。


 その時フィオスはどうしたのだろうか。

 そんなジケの思いを知ってか知らずかフィオスは体を伸ばしてジケの頬に触れた。


「どうした?」


 ジケがフィオスを撫でる。

 いてくれても嬉しい。


 でもフィオスがまた自由に楽しく生きていたのだとしたらそれでもいいかなとジケは思った。

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