アラクネノネドコいかがですか?4

「それでは早速お試しいただきましょうか」


 口で説明するより試してもらった方が早い。

 場所を移して寝室。


 ベッドの上の布団などをどかして用意がしてあった。


「まずは硬めからいきましょうか」


 ジケがこれをと言うと執事の人たちが素早くベッドにアラクネノネドコをセッティングする。

 体の悪いトクチガムが杖をついてベッド横に移動してゆっくりと横になる。


「おぉ……」


 長年生きてきたトクチガムでも初めての感触。

 思わず声が漏れる。


 体を包み込んでくれるようでこのまま寝てしまいたくなるようだとトクチガムは感動を覚えた。

 息子であるデオクサイトの勧めだからとりあえず寝てみたというところはある。


 揺れない馬車というものは素晴らしくてフィオス商会には敬意を払っている。

 しかし寝具まで開発したとはにわかには信じがたかった。


 それに言うほど変わるものだろうかと懐疑的だったが今は心の中でこっそりと謝罪していた。


「どうですか、父上?」


「…………よい」


 一言さっくりと答えたトクチガムはジッと天井を見つめている。

 すぐに降りないなら気に入ってくれたのだとジケにも分かる。


「……私も失礼してもいいですか?」


 促されるまでトクチガムはアラクネノネドコに横になっていた。

 トクチガムの様子を見てデオクサイトもアラクネノネドコがどんなものなのか気になった。


「もちろんどうぞ」


 こうしてアラクネノネドコを替えながらお試しいただいた。


「これらがサンプルなことは分かっている。だが知ってしまった以上手放しにくくあることも分かるだろう? どうか一つの先に売ってはくれないか?」


 一通り試してもらった後デオクサイトことも待たずしてトクチガムはジケに交渉を持ちかけた。

 今回持ってきたアラクネノネドコはお試しサンプルとなり、あとは買ってもらったら順次アラクネノネドコを作って送る形となる。


 しかしデオクサイトはサンプル品でもいいから売ってほしいと言う。


「父上、ジケさんを困らせてはいけませんよ」


「うむ……正直侮っていた。これほど良いものだったらもっと早く出会っておきたかったものだ。フェッツも人が悪い。このようなものを隠していたとはな」


 よほど気に入ってくれたようである。


「金も多く払おう。どうか年寄りの頼みだと思って叶えてくれんか?」


「……分かりました。じゃあ一つ売りましょう」


「おお、それはありがたい!」


 これまで無表情だったトクチガムも喜びに笑顔を浮かべた。


「じゃあ細かな交渉に移りましょうか」


「買うのは最初に試した硬いやつがいい。このまま敷いてくれるか?」


「いいですよ、お願いします」


 執事が最初に試したアラクネノネドコをベッドに置く。


「俺は疲れた。後のことは頼むぞ」


「父上……」


 少し呆れたように笑うデオクサイト。

 厳格な父親にしては珍しい姿である。


「申し訳ありません。父上も非常に気に入ったようで」


「うちとしてもあのように気に入っていただけたなら嬉しいです」


 また寝室から場所を移してアラクネノネドコをいくつ購入するかなど話し合う。


「そういえば商談が終わったらすぐに戻られるのですか?」


 ラズグマンの家の規模は大きい。

 ヘギウスなどでもそうだったように使用人分も購入するということでメリッサは目を回しそうになりながら金額の計算などをしていた。


 色々と調整なども必要なのでメリッサが考えている間にデオクサイトがふと話題を変えた。


「いえ、少し観光でもして行こうかと思っています」


「そうですか。この町は良いところですからぜひ色々見て回ってください。ただ帰られる時など外に出る時は気をつけてください」


「……何かあるんですか?」


「最近冒険者の失踪が相次いでいまして」


「失踪ですか?」


「ええ。どうやら魔物の仕業らしいのですがどんな魔物がやっているのかもまだ分かっていません。ですのでお帰りになられるような時も警戒は怠らないでください」


「分かりました。ご忠告感謝します」


 不思議な失踪についての注意を受けつつもジケとメリッサはアラクネノネドコの商談をまとめ上げた。

 しばらく新規の客は受け付けられないなというぐらいにご注文いただいた。


「商品はシャデルーンを通して納品します」


 ジケが一々イバラツカまで商品を運ぶのは面倒。

 なので首都の方でフェッツに渡して、フェッツの方で運んでもらうことにした。


「良い買い物ができました。お若いのに優秀ですね」


 たくさん買うから値引きしてくれなんてデオクサイトもふっかけてきた。

 しかしジケは一歩も引かないで商談を進めた。


 子供だろうと見ていたが立派な商人だ。

 最後にデオクサイトと握手を交わしてラズグマンのお屋敷を後にした。


「どうした?」


 荷馬車に揺られながら険しい顔をしているエニに声をかける。


「もっと簡単かと思ってた……」


 お店で何か買うぐらい、やるにしてもちょっと話すぐらいのものだと思っていた。

 しかしジケとデオクサイトの間の会話には勝負とも言える舌戦があった。


「見直したわ。商人も難しいのね」


 ジケがフィオス商会をやっているのはただの運だけはない。

 エニはまるで歴戦の商人のように交渉に及ぶジケの横顔を思い出して感心していたのであった。


「意外と……カッコよかった……」


「なんだ?」


「なんでもなーい」

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