アラクネノネドコいかがですか?3
怒られたくはないけれど怒られるならジケが矢面に立つ。
これがフィオス商会のジケ会長のやり方だ。
「まっ、怒られなんかしないと思うけどね」
「怒ってくるような相手なら無視しちゃえばいいのよ」
「そうもいかないよ」
今回はなぜかエニも同行している。
「でもあんまり下手に出過ぎても舐められちゃうよ?」
「舐められるのは確かに良くないかもしれないけど……相手を舐めてかかるような奴は大体痛い目見るもんだよ」
今のところ教会で働いているエニ。
このまま教会でも働くけれどフィオス商会でも働くつもりのようだった。
私もお世話になってばかりじゃね。
なんて言っていて、時々メリッサの補助のようなこともやっている。
兵士として文字の読み書きも習っていた。
エニは頭が良くて覚えも早かったので簡単なことなら手伝える。
交渉の場面に同行するのは初めてだけどいつか私もジケの代わりにやらなきゃいけないかもしれないからと付いてきたのだ。
今はまだ商会が小さいからいいけれど大きくなっていけばジケが1人で全てを管理することも難しい。
全部の決裁権じゃなくともある程度決定を下せるような立場の人が後々必要にはなる。
それがエニかは分からないけれど女主人は目指しているらしい。
下手するとエニに商会が乗っ取られるかもしれない。
「そうかもしれないけどジケが舐められるのは……嫌だよ」
「そうならないように頑張るさ」
仮に乗っ取られてもエニならいいかなとは思うけど乗っ取られないように、舐められないようにジケも頑張らねばと笑顔を浮かべる。
「お待ちください! ここはラズグマン様のご邸宅であられます。どのようなご用事でしょうか?」
ジケたちは一軒の大きなお屋敷の敷地前にたどり着いた。
町の中心部に高い塀で囲まれているお屋敷は誰がどう見ても身分の高い人が住んでいる。
門の前にはちゃんと門番がいて、ジケたちを呼び止める。
「フィオス商会です。約束があって参りました」
ユディットもそれなりに護衛っぽくなってきた。
物怖じすることもなく堂々と用件を答えている。
「お話は聞いています。お通りください」
子供商会長は目立つ。
荷車に刻んであるフィオスをかたどったフィオス商会の商会印とジケを見て門番は門を開いた。
そんなに遠くはないけれど門からお屋敷まで意外と距離があるなとジケは驚いた。
「お待ちしておりました。私は案内をさせていただきます、ビツオイと申します」
屋敷の前では老執事がジケたちのことを待っていた。
「よろしくお願いします」
ジケが荷馬車から降りて頭を下げる。
「フィオス商会の噂かねがねうかがっております。ご主人様も首を長くして待っておいでです」
「その前に」
「何かありますか?」
「お試しいただく商品のサンプルを運びたいのですが手伝ってくれる人はいませんか」
アラクネノネドコの小さくない。
荷馬車に乗せているうちはいいが、家の中にまで荷馬車では入れないので手で持っていく。
ただいくつか種類があるのでジケたちだけでは手が足りない。
何人か執事や屋敷を警備する兵士に手伝ってもらってアラクネノネドコを屋敷の中に運び入れる。
「デオクサイト・ラズグマンです。こちらは父のトクチガムです。わざわざご足労いただきありがとうございます」
「こちらこそ当商会のアラクネノネドコに目をつけてくださいましてありがとうございます」
いよいよ商談のスタート。
案内された部屋には家主であるデオクサイトとトクチガム、それに財務を担当する使用人がいた。
デオクサイトは中年の男性で、トクチガムは老年の男性だった。
大きなテーブルを挟んで座り、ジケは営業スマイルを浮かべる。
「父が歳を取って寝ることも楽ではなくなりまして、その時に取引があるシャデルーンの方からアラクネノネドコの存在を聞きました」
トクチガムはテーブルに杖を立てかけている。
髪も真っ白になっているし体が良くないのかもしれない。
歳を取ると寝るということだけでも大変になるのはジケも知っている。
過去でもベッドの乗り降りにも苦労していた。
良い寝具があるなら買ってあげたいというデオクサイトの気持ちは理解できる。
「ぜひにとフェッツ会長にご連絡を取らせていただいたのです。それに実は……馬車の方もフィオス商会から買わせていただいたこともあるんです」
「ええ、存じております」
ラズグマンという名前はジケも知っていた。
首都以外で活動する地方の貴族たちはなかなかフィオス商会まで足を運んで馬車を注文することはしなかった。
その中でもラズグマンはいち早く人を送って馬車の注文をしてきた。
送られてきた人の態度も丁寧であったので良い印象すら持っている。
それにラズグマンはただの貴族ではなかった。
イバラツカ一帯を所領に持つ領主たる大きな貴族であるのだ。
だからフェッツの方もジケを手厚くサポートした。
仲介もしているのだから大貴族との取引はぜひとも成功させてもらいたいのがフェッツの本音である。
「よければ屋敷の使用人たちの分も購入を検討しています」
大貴族なので父親の分だけ買いますとは言わない。
買うなら大口契約。
普通の商人ならなんとしてでも成功させたい話だ。
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