大泥棒の末裔を名乗る男1

 バラス地区は貧民街のようだと聞いていた。

 確かに多少そうした雰囲気はある。


 荒廃した貧民街というよりも平民街に近いところの古びた家が立ち並ぶ貧民街に似ている。

 フィオスを抱えたジケはユディットとリアーネを連れてバラス地区を訪れていた。


 クレモンドからモロデラの居場所に教えてもらった。

 仕事が早くて次の日早速向かってみることにしたのである。


「少し雰囲気は悪いですね」


「まあ見知らぬ奴が来たらこういうところは警戒するからしょうがないよ」


「心配しなくてもジケに手を出そうとしてくる奴がいたら私がぶっ飛ばしてやるよ」


「頼りにしてるよ」


 ユディットとリアーネまでいて心配することの方が少ない。

 ケンカの腕に覚えありぐらいでは2人には敵わない。


「おいおいおい……お坊ちゃんがこんなところで何をしてるんだ?」


 それにただ歩いているだけで因縁をつけられることなどないだろう。

 なんて思っていた時もありました。


 6人ほどの男たちがジケの前に立ちはだかる。

 前歯もろくに残っていない男がニヤニヤと気持ちの悪い笑顔を浮かべてジケに声をかける。


「ここ通りたきゃ……」


「ユディット、リアーネ」


「はい」


「任せとけー!」


 問答無用。

 きっと通行料とか訳の分からない名目でジケにお金を出すように脅すつもりだったのは目に見えている。


 お金を渡してしまうという選択もあるが、この状況でお金を見せると他の見ている連中もまとめてつけ上がらせてしまう。

 モロデラの状況によってはここに何回か訪れることもあるかもしれない。


 毎回通行料を払ってはいられない。

 最初にしっかりとこちらもただものではないと見せておく必要がある。


 ジケが住んでる貧民街でジケに舐めたことをする人はもういないが、イバラツカにおいてジケはただのガキに他ならない。

 見せしめというと言葉は悪いがここはユディットとリアーネに力を見せてもらう。


「剣を抜くなら気をつけなよ」


「なんだと?」


「こっちも剣は持ってるからさ」


 もちろん道を塞いだぐらいで殺しはしない。

 素手で殴り倒したのだけど男の1人が腰の剣に手をかけたのでジケは止めた。


 こちらはわざわざ剣を抜かずに事をおさめようとしている。

 相手が剣を抜くのならこちらも黙ってやられるわけにはいかず対抗しなければいけない。


 手加減はできるだろうけど素手の時に比べて事故が起きてしまう可能性は遥かに高くなる。


「うっ……」


 ジケの言いたいことは伝わったらしい。

 素手でも勝てないのに剣を抜いたところで勝てるはずもない。


 剣を抜けば血を見る戦いになる。

 男は迷ったようだが最後には剣から手を離す。


「……道を塞いで悪かったな。好きに通ってくれ」


「ありがとう」


 無駄に被害を広げるより大人しく引いた方がいいと判断した男はサッと道の端に避ける。


「どこにでもタチの悪い連中はいるんですね」


「まあしょうがないよね」


 正直なところ、ジケたちを見て警戒する要素は少ない。

 リアーネは強そうだけど女性というだけで舐めてくる馬鹿も多い。


 ジケは子供だし、ユディットもまだ強者の雰囲気をまとう域に達していない。

 客観的に見て舐められやすい感じがあることは否めないのだ。


 ただ絡む相手を間違えたと言わざるを得ない。

 貧民街出身のジケたちはそんなに甘くもないのである。


「……分かりにくいな」


 似たような家が立ち並んでいてモロデラの家を探すのも意外と大変そう。


「人に聞こうか」


 こんな時には無駄に歩き回らないで人に聞くに限る。

 貧民街のことは貧民街の人に聞け。


 目が死んでいない子供を選んで道を聞く。


「ここだよ!」


「ありがとう。これでなんか食べて」


「ありがとう!」


 モロデラの家を知っているというので案内してくれた少年に少額ではあるがお金を渡す。


「割と大きめな家だな」


 かなり古くてボロいが大きさは結構立派な家がモロデラの家だった。


「すいませーん、モロデラさんいますか?」


 ジケがドアをノックしながら声をかける。

 ユディットは家を見ながらこんなところに住んでいるが本当に大丈夫なのか心配になってきた。


「……いないのかな? すいませーん」


 なんの返事もない。

 とりあえずもう一度ノックしてみる。


「今日は留守にしてるのかもしれないな」


 事前の約束もない。

 家にいないことも十分にあり得る。


 いないのなら仕方ないからまた出直そうと思ったら少しだけドアが開いた。


「誰だ?」


「以前手紙を差し上げたと思います、フィオス商会のジケです。パルンサンの手記を解読してほしくて、見てみないと分からないとのことでしたのでこうして訪ねてきました」


「ん」


 ドアの隙間から手が伸びてきた。

 枝のような細い腕で寄越せとジェスチャーしている。


「おい、失礼だろ!」


「いいんだリアーネ」


 顔も見せないで手記だけ寄越せと言うモロデラにリアーネが不快感をあらわにする。

 わざわざ訪ねてきた相手に取る態度ではない。


「渡しますがちゃんと返してくださいね」


「……もちろん」


 妙な間を開ける返事に不安が募る。


「返さないならドア壊してでも入りますから」


「……ちゃんと返す」


 ワントーン下げた冷たいジケの言葉。

 流石に家を壊されたくないモロデラもちゃんと返事をする。

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