お姫様のお悩み2
ついでに思い出した。
アユインが王女だと聞いてからなんとなく感じていた違和感があった。
アユインに兄弟ができたと聞いてようやくその違和感の正体に気がついた。
過去においてこの国で女王が国のトップであったことはなかったのだ。
つまりアユインが王になったことはないということである。
ならば誰が王になったのか。
あんまり国のトップとか興味ないからかなり記憶が朧げなのであるが、やはり男の王様だった気がする。
王弟は過去でも討ち取られていたし王様に近い傍系の親族もいない。
内戦や反乱などの混乱もなく王位は替わっていた。
うっすらとした記憶ではちゃんと祝福もされていたので王様の子供だろうと思う。
このことからするとどこかの段階で王様に男の子供が生まれてもおかしくないのである。
アユインのことも全く記憶にないが、弟に王位を任せてひっそりと暮らしていたのかもしれない。
「それで……多分男の子みたいなんだ」
「そうなのか」
「……それで…………」
「周りが変わっちゃったか?」
「…………うん」
アユインは変わらない。
けれど生まれてくる子供が男の子だとすると周りの目は確実に変わってしまう。
女性が王位を継ぐことがないわけではないが、やはり歴史を見ていくと王位は男性が継いできたことがほとんどになる。
貴族の家なども基本的には長子たる男子が継ぐのが一般的になる。
これまで王様の跡継ぎはアユインしかいなかった。
けれど男子が生まれたから王位を継ぐのはそちらの子になる。
周りが変化しても仕方がないのである。
「それで、何が引っかかるんだ?」
変化は必ずしも悪いものではない。
けれどアユインがこうして悩んでいるということは何か心に引っかかるものがあるのだろう。
「……どうしたらいいのか、分からなくなっちゃったんだ」
「何をだ?」
「これまで私……一応王様になるつもりで頑張ってた。身分を隠して、お勉強して……色々やってた。それなのに…………なんもなくなっちゃった」
状況の変化もアユインには巻き起こっていた。
アユインの立場の変化はもっと大きい。
これまで王となるべく努力をしてきたけれど男の子が生まれればアユインは弟に次いでの王位継承権となる。
王位に近いことに変わりはないけれど王様ではない人生を考えねばならなくなったのだ。
突然どこか知らない場所にでも放り出されたような気分。
これまであった道しるべが全て無くなり、自らの人生に向き合わなければいけない。
「王様は何か言ってるのか?」
「ううん、まだ子供生まれてないし、話してないよ……」
「そうか……じゃあ、アユインが何かしたいことはあるか?」
「したいこと?」
「そうさ。したいこと、やりたいこと」
今アユインは人生の目標を失っている。
どこに進んでいいのかも分からず困り果てている。
その気持ちは分からなくもない。
でも荒野の真ん中のような人生でどこに進んでいくのか決めるのは自分しかいないのだ。
「やりたいこと……わかんない」
何かをやりたいと思ったことは多くある。
けれど意識して覚えていることでもないので何をやりたかったのか思い出せもしない。
「アユインの好きなことは? 楽しかったことは?」
「好きなこと……楽しかったこと……」
アユインを普段見ている分には感じないが結構抑圧されて生きてきたのだなとジケは思った。
仕方ない。
ジケのように何も持たない自由も大変なものであるが、何もかもを持っている代わりに自由が少ない持つ者にも苦労はあるのだ。
「お菓子……」
「お菓子?」
「お菓子作るの……楽しかったな」
アユインがポツリとつぶやいた。
「もっと小さかったころお父様に会いたくて、何か理由はないかって探したんだ。お父様も忙しそうにしてるし疲れてるだろうからってお菓子作ったんだ。今考えれば不恰好なものだったけどお父様は美味しいって笑ってくれた……」
「それが嬉しかったんだな?」
「うん」
「じゃあお菓子作ってみればいい」
不思議な提案だと思った。
アユインが顔を上げるとジケは優しく微笑んでいた。
「好きなこととか興味あることやってみればいい。その中でもっとやりたいことが見つかれば仕事にしてもいいんだ」
今アユインは迷っている。
何もなくてどう歩き出したらいいのかすら分からなくなっているのだ。
でもほんの少し勇気を出して歩き出してみると世界の見え方は変わる。
人生の目標を今すぐに決めなくてもいい。
とりあえず歩いてみて、面白そうだと思ったらやってみたらいい。
もしかしたらその中から人生のやりたいことが見つかるかもしれない。
お菓子を作ってみて楽しかったらお菓子屋さんになったっていいのだ。
「ほんの少しだけ王位のこととか忘れて自分に正直になってみればいいんだよ」
アユインは頭がいい。
歩き始めればきっと自分の幸せを見つけられる。
「それでも怖いなら、それでも見つけられないなら俺も手伝うからさ。多分リンデランやウルシュナだって手伝ってくれるから」
「…………色々、やってみる」
あるがままの自分を受け入れてもらえたことに胸がキューっとなって不意に目が潤んでアユインはまた床を見つめるように頭を下げた。
「お菓子作りならリンデランを頼ってみるといい。得意だからな。料理ならうちの料理人もいるし、俺たちでも手伝えるぞ」
ジケはチラリと入口の方を見ると相変わらずタミとケリも顔を半分だけ出して様子を見ていた。
「人生やろうと思えば色々できるんだ。いくらでも頼ってくれ。俺たちは友達だからな」
「……ありがとう」
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