お菓子を作り、剣を振るい1

 特殊な馬車を注文した理由も子を宿した王妃のためだということも分かった。

 さらにライナスの師匠であるビクシムが忙しいのもその関係だろうと推測できた。


 王妃が懐妊したとなると警備も厳重になる。

 ロイヤルガードであるビクシムが駆り出されるのも当然である。


 ジケの過去での経験上男子が生まれてくると思うのだがここまでで歴史の流れは変わっている。

 もしかしたら妹ということだってありえない話ではない。


 ただここまででご懐妊の噂は一つも聞こえてきていない。

 ということはかなり厳重に秘密にされているということなのである。


 アユインはうっかりジケに話してしまったが、本来なら他に漏らしてはいないような話であるのだ。

 だからジケが他に話すこともない。


 そこら辺はアユインにもしっかり口止めしておいた。


「それで、なんで呼ばれたんだ?」


「お菓子作るの!」


 ひとまずジケに思いの丈をぶちまけてスッキリしたのか帰っていったアユインから後日お誘いがあった。

 なぜなのかヘギウス家から馬車が来て、なぜなのかジケだけでなくタミとケリとエニもお誘いいただいて、なぜなのかヘギウス家にやってきた。


 そこで待ち受けていたのはリンデランとウルシュナとアユインだった。

 アユインは満面の笑みでニッコニコしている。


 先日のジケのアドバイスを受けてリンデランにお菓子作りを習うことにしたみたいで、その試食係としてジケは呼ばれていた。


「みんなも一緒にやろーよ!」


 エニたちは一緒にお菓子を作る友達として呼ばれたようである。

 正直言ってこのラインナップならジケは呼ばずにみんなで作って食べればいいのではないかと思うのだけど、そんな無粋なことは言わない。


 実はアユインがこうした人の家に遊びにいくことは多くなかった。

 色々な事情もあるしアユインそのものも及び腰になっていたところがあるのでお家に遊びにいくということも楽しくて仕方なかった。


 料理が苦手なエニは渋々な感じだったが、料理が苦手だからという理由で辞退するわけに行かなくてみんなでキッチンに向かった。

 リンデランもいることだしゲテモノが出てくることはないだろうとジケは少し遠い目をした。


「さて、こっちもちょっと体動かそうか」


「はい」


 今日はユディットが護衛としてついてきている。

 ジケもお菓子作り、といきたいところだったけどそちらには誘われなかった。


 残念さはあるけれど女子に混じってお菓子を作るという時にどんな顔をしていたら良いのかも分からないので多少の安堵感もあった。

 ただお菓子ができるまでは暇だろうということで体でも動かしてきたらどうかと提案された。


 メイドさんに案内されてジケはヘギウスの騎士たちが鍛錬している場所に連れていってもらった。


「お久しぶりですね、坊ちゃん」


「坊ちゃんはやめてくれよ」


「そうもいかないさ。お嬢様のお客様だからな」


 訓練場では騎士たちが汗を流している。

 ジケが来ると何人かが気さくに挨拶をしてくれる。


 ヘギウスの騎士にもお世話になったことがある。

 なので顔を知っていて少し話したこともある人が何人かいるのだ。


 ゆるさでいけばゼレンティガムの方が気さくな感じはあるけれどヘギウスの騎士もお堅くなりすぎないような気さくさがある。

 上の人を見るとルシウスの方がパージヴェルよりも真面目そうなのに騎士の雰囲気は逆なのが面白い。


 ゼレンティガムの騎士もやる時はピシッとしているので公私の切り替えがしっかりしているというのかもしれない。

 どちらにも真面目な人はいるしゆるい人もいる。


「どうだ、俺たちと手合わせでもしないか?」


 隅の方でちょっと剣を振って時間を潰すつもりだったのに誰かがふと提案した。


「いいですね」


「そうしよう、お嬢様のお友達の実力も気になるところだ」


 ジケが同意する前に騎士たちがいろめき立つ。

 良い経験になりそうだしせっかくならと引き受けることにはしたけれど拒否権はなかったような気がする。


 実際こうして騎士が付き合ってくれる機会なんてまずない。

 良い機会を得られたものだとジケは木で作られた剣を手に取る。


「ヘンドリクソンだ。お嬢様にふさわしい相手かどうか確かめさせてもらうぞ!」


 明るい茶髪の若い騎士が最初の相手であった。


「ほらほら!」


 ヘンドリクソンは激しくジケを攻め立てる。

 それでいながらも攻め方は丁寧で隙が少ない。


 体格差もあるし普通なら勝てない相手だが今はチャンスがある。

 さすがに本気で戦えばジケに勝ち目はない。


 だから騎士たちの方は魔力を一切使わないで戦ってくれている。

 魔力を使えるジケと魔力を使わない騎士ならまだ勝機はある。


「よく防いでいるな」


 ジケの戦いを観ていた騎士が感心したように呟いた。

 ヘンドリクソンは魔力を使っていないので全力ではない。


 さりとて手を抜いて戦っているわけでもない。

 ジケという少年の存在を知っていて悪い子ではないということも知っているけれど、ジケの剣の実力がどこまでのものなのか知っているものはいない。


 貧民街出身ということはそれだけで他の子よりも全てにおいて不利な状況にあるということになる。

 仮に才覚あれどもその芽を出すのに環境が悪い。

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