第十二章

お姫様のお悩み1

 少し前に奇妙な依頼があった。

 完全に揺れない馬車は作れないかと聞かれたのだ。


 完全に、は無理だ。

 動くものな以上多少の揺れはどうしても発生してしまう。


 ただ予算やその他の要素を全て無視すれば極限まで揺れない馬車というものは作ることはできる。

 ノーヴィスと相談の上でそう答えるといくらでもお金は払うから極限まで揺れない馬車を作ってほしいと依頼されたのである。


 普段ならお断りするところだ。

 お金は払うからといってもなかなか面倒な依頼である。


 やるにしたって他にもご依頼があるから順番待ちしてくれというところだったのだけどそうもいかなかった。

 なぜなら依頼主は王様だったからである。


 一応商人というやつは国にも屈さないで対等な立場だと言われる。

 でも実際そうはいかない。


 お店を置かせてもらったり商売許してもらったり税金納めたりと対等だと言いつつも対等ではない。

 やっぱり国王というやつは偉いのである。


 どこかにいるような傲慢な王様と違ってこの国の王様は訳もないわがままを言ったりする人ではない。

 極限まで揺れない馬車も何かに必要なものなのだろうと引き受けることにした。


 普段は軽量化しているところを頑丈にしたり、クモノイタの使用量を大幅に増やしたりして可能な限り揺れない馬車を作った。

 アラクネノネドコを作る応用で座席にもクモの糸をふんだんに使って乗っている人に揺れがほとんどいないようにした。


 なかなか大変だったが好きなように作ることができてノーヴィスも楽しそうにしていた。

 そんな馬車を納品してしばらく時間が経って、そんなことがあったことも忘れていた。


「あんだって?」


「お客さーん」


「ジケ兄の部屋にいるよー」


「それはいいんだけど、誰だって?」


「アユインよ」


 朝のゴミ掃除を終えて帰ってくると来客があるという。

 それが誰なのか聞いてみるとエニがアユインだと答えた。


 ちょっと久々に聞いた名前だった。

 アカデミーにも時々授業潜入したりご飯食べに行ったりしてリンデランやウルシュナにあったりすることもあるのだけどアユインはタイミングが合わない。


 リンデランとウルシュナは会ったりするみたいだけどジケが行くタイミングでは会えないのだ。

 元気にしているとは聞いていたので心配はしていなかった。


 ただリンデランとウルシュナほど仲が良いわけでもないのでわざわざ家まで来たと言われて驚いた。

 それにジケはアユインの正体を知っている。


 アユインは王様の娘、王女様であるのだ。

 色々なリスクから守るためにアユインが王女であることは秘密にされていて、ジケもそれをちゃんと言わないようにしている。


 訪ねてきた理由も謎であるが、なんでジケの部屋で待っているのかも謎だ。


「何の用だろ?」


 わざわざ訪ねてきてくれたんだから何か用事があるのだろう。

 ジケはフィオスを抱えてアユインが待つ自分の部屋に向かった。


「アユイン、俺だ」


「あっ、どうぞ」


 部屋のドアをノックするとアユインの声が帰ってくる。

 どうぞも何もジケの部屋なのだけどなと少し笑いながら中に入る。


「……どうしたんだよ?」


 部屋に入ると隅で膝を抱えて小さくなっているアユインがいた。

 元々底抜けに明るいタイプという感じではないが暗い子でもなかった。


 だけど今はアユインの周りはちょっと暗い雰囲気になっている。


「おい」


 ジケがフィオスをアユインの頭にポンと乗せる。


「何かあったのか?」


「……うん」


 ジケが隣に座るとアユインは小さく答えた。


「そうか……ちょっと辛いこと?」


「…………それ自体は辛いことじゃないんだけど」


 何も触れてほしくないのならジケのところには来ないだろう。

 誰かに話を聞いてほしいから来たのだろうとジケは優しくゆっくりと話を進める。


 部屋の入り口からはみんなも様子を見ている。


「でも何かちょっと辛いことに繋がるんだな?」


「……うん」


 出来事そのものは悪いことではないけれど結果として辛くなるようなことはある。

 過去ではライナスとエニは婚約した。


 祝福すべき出来事だったけど当時のジケはそれを受け入れがたかった。

 アユインにも何かの出来事があって、それに対して複雑な感情があるのかもしれないと思った。


「…………あのね」


「ああ」


 無理に聞き出さずただ黙ってアユインが自ら話すのを待つ。


「兄弟ができるんだ」


「兄弟?」


「うん。ルモナード様がご懐妊なさって……もうすぐ産まれるんだって」


 ルモナードとはアユインの母親ではない。

 王様には今3人の王妃がいた。


 王様が気の多い人というわけではなく、体質なのか子供ができにくくどうしても王となると世継ぎが必要なために複数の王妃を迎えることになったのだ。

 政治的な繋がりなどもあるだろうが後を継ぐ者がいない状況が長く続くのは良くない。


 王様もある程度若いうちにどうにかしなきゃいけないので複数の相手を抱えるのは仕方のないことである。

 アユインはそうした中で3番目の王妃にようやくできた子供であった。


 ルモナードは確か2番目の王妃だったかなとジケは記憶を引っ張り出す。

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