呪いの宝石2

 今ではサヘルローズが所有していたもので質や形などが特に良いものはサヘルローズが作り出した宝石と見られていてサヘルカースジュエリーと呼ばれている。

 経緯から嫌う人もいる。


 けれども宝石そのものの美しさともうこれ以上サヘルカースジュエリーが増えることがないという希少価値からコレクターがいなくならないのだ。


「他の宝石ならサヘルカースジュエリーだと断定することもできずに普通の宝石としていたでしょう」


「他の宝石なら、ですか」


「そうです。サヘルカースジュエリーのナンバーゼロ、失われたピンクダイヤモンドの話もサヘルローズ本人に劣らず有名ですからね」


「……えっと?」


 ピンクのダイヤモンドの話はいいのだけどナンバーゼロとかなんの話であるのかジケは分からない。


「サヘルカースジュエリーは現在全て数字で管理されています。ナンバーなになにはこれという風に決まっています。その中でもあるかどうか分からないが、あるとされる幻のゼロのナンバーを与えられているのがピンクダイヤモンドなのですよ」


 ウェルデンはいつになくじょう舌なバーヘンに驚いている。

 寡黙とまでいかないが言葉の多い方でもない。


 しかし今のバーヘンは子供のように目を輝かせている。


「これほどまでに大きく、質の良いピンクダイヤモンドは見たことがありません。それこそナンバーゼロでなければあり得ないほどに」


 こんな宝石が世の中にあるのなら話ぐらい漏れ聞こえることが絶対にある。

 なのに今の今までこんな宝石があったことをバーヘンも知らなかった。


 盗まれてこれまで隠されていたという話も十分納得ができる。

 サヘルローズの逸話にも最後はピンクダイヤモンドの行方を尋ねながら処刑されたとある。


 結局サヘルローズの宝石も全て探されたがピンクダイヤモンドはどこにも見つからなかった。

 代わりにパルンサンの予告状が見つかったのでまさか盗まれたのではと言われていた。


 悪人だとバレることを恐れたのかサヘルローズはパルンサンに盗まれたことを隠していたのである。


「……ただヘギウス商会では買い取れません」


「このような貴重なものなのにか?」


「貴重すぎるからです、会長」


 バーヘンは大きくため息をついた。

 

「適正な価格をつけることは難しいでしょう。ですが仮にこの宝石を買い取ろうと思えばヘギウス商会の財産を全て売り払ってようやく最低金額を工面できるというところでしょう」


 ヘギウス商会だって国で有数の商会である。

 しかしそんな商会が丸ごと身売りしてもようやく交渉のテーブルを覗くことができるぐらいの価値をピンクダイヤモンドは秘めている。


「じゃあどうすれば……」


 ヘギウス商会で扱えないのなら他に扱える人なんてジケには心当たりもない。

 もっとお金を持っていそうなのは国ぐらいのものであるが、戦争やモンスターパニックなどの影響で宝石なんて買っている余裕はないだろう。


「ですがこちらで仲介することはできますよ」


「そうだな。直接うちが買い取るのではなく買いたい人を探して取引を仲介する役割なら担えるだろう」


 あまりにも高価でヘギウス商会では買えない。

 しかしヘギウス商会の人脈を使って買いたい人を探して値段の交渉などを行うことはできる。


 ジケの代わりにピンクダイヤモンドを売ってくれるというのだ。


「手数料はいくらかいただきますが……もし交渉が成立したら手数料など些事でしょう」


「どうしますか?」


「じゃあ……お任せしてもいいですか?」


 断ったところでジケにピンクダイヤモンドを売る方法はない。

 ヘギウス商会なら信頼もできるしピンクダイヤモンドを手元に置いておくのはジケが不安である。


「会長……どうかこの仕事を私にお任せくださいませんか?」


 バーヘンが椅子から降りて床に膝をつく。


「なんだ、引退の準備をしていると言っただろう?」


 バーヘンは近々引退する予定だった。

 年も重ねて、ヘギウス商会に長年勤めてお金もある。


 残りの人生をのんびりと過ごすつもりだった。


「おそらくこの国でだけで相手を見つけるのは難しいかもしれない。そうなると引退はかなり先延ばしになるかもしれないぞ」


 ピンクダイヤモンドの売り先を探そうと思った時に相手はこの国のお金持ちだけではない。

 サヘルカースジュエリーのコレクターとして有名どころを当たっていく必要があり、それは遠い国も含まれる。


 引退までの短い間に終わる仕事ではない。

 それどころか下手すると年単位での仕事にもなる。


「このバーヘン、久々に心が燃ゆる宝石を見ました。この宝石がどうなるのか、そばで見ておかずにはいられません。それに他のものに任せるにも大きすぎる案件です」


 バーヘンがこれまで扱ってきた宝石の中でも最大の案件。

 このような大仕事を前にして引退などできるはずがない。


「それにナンバーゼロを抱えながら他の仕事をするのは大変でしょう。私は予定通りに宝飾品の責任者を辞めて他のものに任し、このことに注力したいと思います。ジケ様もどうか私めにお任せいただけないでしょうか?」


「……バーヘンは宝飾品を扱って長い。ヘギウス商会でも古株です。信用が出来る人ですしピンクダイヤモンドを扱うのに適した人でしょう。ジケさんが良ければ私はこのままバーヘンを担当にしたいと思いますが」


「信頼出来るベテランに担当してもらえるならお願いします」


 大ベテランが床に膝までついて担当したいと申し出てくれたのだ。

 ジケには断る理由もない。


「こちらとしてはそんなに急がないのでゆっくり交渉してください」


「分かりました! 最高金額を引き出してみせます!」


 別に高値を引き出してほしいからそういったわけではないのだけどバーヘンはやる気を見せている。

 とりあえず良さそうな人が担当してくれてジケもホッとした。

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