親友であり、ライバル

 ケントウシソウの水は美味しかった。

 絞って出した水は青臭さもなく普通の井戸水よりも飲みやすくて美味しい水であった。


 井戸水は飲みにくいという人やあまり飲んでいるとお腹を下すなんて人もいる。

 コブウォーターはその点クセがなくて飲みやすいという声があった。


 ただ飲料水として使うのにもまだ不安はあったのでそこら辺は要注意である。

 ジケは何人か子供たちを雇ってコブ絞り作業を担当してもらうことにした。

 

 クトゥワはコブウォーターで紅茶を淹れると美味しいなんてことも言っていた。

 水事業にはちょっと問題も多い。


 貧民街救済のために始めたことなのであまり利益は考えていないが人も雇うことであるし多少の利益は必要になる。

 水をいくらで売るとか、減った井戸水などがまた復活したら水事業はどうするのかとか考えることは色々とあるのだ。


 ただそれは後々考えていけばいい。

 紅茶が美味いということなので知り合いの貴族、要するにヘギウスやゼレンティガムにもちょっと声をかけてみた。


 多くの使用人を抱える大貴族である両家も水不足には悩まされていた。

 そこにジケがお水はいかがですかと持ちかけてきたのだから食いついた。


 他の人がそんなこと言ってきたら不当な方法で井戸水を独占して高値で売りつけるつもりだろうと疑うところだが、なんせ相手はジケである。

 何かの方法で水を持ってきたのだとすぐさま信頼してくれた。


 コブウォーターを使うと紅茶が美味しいというのはウソではないらしく幾らかの料理でもその有効性が確かめられた。

 まだ生産能力そのものは低いので他には秘密にしつつヘギウスとゼレンティガムの方でそれなりのお値段で定期的にコブウォーターを買ってくれることになった。


 ズブズブの関係だけどこれで貧民街に水を格安で配り、雇った子たちの分の給料を確保する目処が立った。

 事業の方はひとまず軌道に乗り始めた。


 それはそれでいいのだがまだ処理しなければいけないものがジケの手元にはいくつか残っていたのである。


「こんなところ呼び出してなんだよ?」

 

 色んなことが動き出した。

 悩んだけれどもジケはパルンサンのお宝を遠慮なくいただくことにした。


 パルンサン自身も見つけた人が持っていっていいと言っているし、一応王国の直轄地で見つけたものなので報告はあげたが窓口となったライナスが上手くいってくれたのかそのままジケのものでいいということになったのだ。

 なので王国との関係でもちゃんとお宝はジケのものになったのだ。


 そしてコブの実験にも使った洋館跡地にライナスを呼び出していた。


「これ、やるよ」


 ジケは手に持っていた剣をライナスに投げ渡した。


「おっと……んだよ、これ?」


「抜いてみ?」


「分かった……うおっ、こ、これって……」


「魔剣だよ」


 ライナスが抜いた瞬間黄色い魔力のオーラをまとう刃がお目見えした。

 ジケがライナスに渡したのはパルンサンの宝物庫にあった魔剣だった。


「何でこんなもん俺に……」


「……俺はお前が羨ましかった」


「えっ?」


 ジケはテーブルにピョンと腰掛けた。

 屋根もない場所であるが作業するために大きなテーブルが野ざらしで置いてある。


「全部持ってるから。強い魔獣も、安定した職も、人望も、正義感も、眩しいほどのまっすぐさも……そしてエニも」


 言葉の最後は小さくてライナスには聞こえなかった。

 テーブルの上にいたフィオスがそっとジケの膝に乗り、ジケは穏やかな顔で撫でる。


「俺にはなかったものだからお前のことが羨ましかったんだ」


 過去では醜い嫉妬を覚え、大きくなり続ける嫉妬の塊を溶かす機会を得られないままにライナスは死んだ。

 歳をとってくだらない嫉妬に取り憑かれることから抜け出してようやく嫉妬の塊は消え去った。


「……じゃあ何で剣なんかくれるんだよ?」


 羨ましいと思っている相手に貴重な魔剣なんかあげることはないだろう。

 ライナスは肩をすくめた。


「でもライナスってさ、良いやつなんだ。バカで、正直で、何も考えてなくて、ウソがつけなくて……」


「おい、それ褒めてねぇだろ」


「それでも優しくて、まっすぐで、真面目で、俺を見捨てずそばにいようとしてくれた」


「急に……なんだよ? 照れるじゃないか。それに友達のお前見捨てることなんてないよ」


 ライナスはジケの褒め言葉に頬を赤くして照れ隠しに視線を逸らす。


「そんなんだから俺はお前が好きだよ」


「はっ?」


 ジケは歯を見せてライナスに笑顔を向けた。


「もちろん友達としてだ。いつかまっすぐに生きるお前の横を堂々と歩けるようになりたいと思うんだ」


 過去には伝えられなかった思い。

 今回はちゃんと口に出して伝えた。


 好きだけど別にそんな意味での好きではないのは当然である。


「その剣の前の持ち主はそれで多くの人を殺した。私利私欲のための悪い殺人だ」


「えっ、これ大丈夫なん?」


「いかに優れた剣だろうと悪人が持てば良い人の血で染まる。悪いのは剣じゃないんだ。使う人次第なんだ」


 フィオスを抱え、テーブルから降りたジケはライナスの前に立つ。


「この剣を使ってほしい。悪人が使えばただ多くの人の命を奪う道具になるけれどお前のような良いやつが使えばこいつは人を助ける相棒になる」


 ライナスはこれからもっと強くなる。

 優れた師匠もいるし人柄も悪くないので兵士として人を率いるような立場にまで上り詰めることもあるかもしれない。


 だいぶ未来は変えてきた。

 けれど変わらずに起こるような未来もある。


 ライナスが生きていてくれればそれだけでも大きな力になることがきっとある。

 過去の分も含めての恩返しも兼ねて魔剣をライナスにあげることにした。


「ジケ……」


「俺たち、親友だろ?」


 過去にライナスが荒れていたジケに向かってこう言ってくれた。

 何回も拒絶して、何回も酷い言葉を浴びせた後にどうしてここまでしてくれるのかと聞いたらこう答えたのだ。


「それにこの剣、お前に似てないか?」


「俺に?」


「黄色いオーラ、初めて見た時お前のことを思い出したんだ」


 ライナスの髪も似たような色をしている。

 この魔剣を抜いた時、ライナスみたいだなとまず思った。


「お前は俺の親友で、ライバルだから」


「……い、いいのか……俺、もっと強くなっちゃうぞ」


 恥ずかしさもあるけれど、ライナスは抑えきれない喜びと感動を感じていた。


「ああ、強くなってくれ。そしたら俺も頑張って追いかけるからさ」


 以前はライナスが強くなったら追いつけないだろうなんて思っていたけれど今はライナスが強くなっても追いかけてみようと思う。


「……グスッ、俺もお前が羨ましかった……」


 ライナスの目から涙がこぼれた。


「どんどん先行くし、色んなことやってるし……俺のことなんか忘れちゃうって……思ってて……」


 ライナス自身も不安だった。

 回帰した後のジケの活躍はめざましかった。


 遠い存在になってしまったように感じていた。

 必死になって強くなっても手が届かないようなところにまで行ってしまうのだと怖かった。


「でもお前優しいから……俺のこと忘れないでいてくれると思ってたから……」


 一度こぼれ出した涙は止まらない。

 いつかジケはライナスの手の届かない存在になって忘れられてしまうのだと心のどこかで思っていた。


「俺が優しいから忘れないんじゃないよ。俺とお前は何があっても親友だよ」


 けれどそうじゃなかった。

 互いに互いの背中を見ている気分だった。


 でもちょっと隣に目を向ければそこに親友はいたのだ。

 思わぬライナスの想いと涙にジケもウルリとしている。


「剣、受け取ってくれるか?」


「もちろん! もう返せって言ったって返さないからな!」


 ライナスは袖で涙を拭うとニカっと笑った。


「もうその剣はお前なもんだよ。大事に使ってやってくれ」


 今度こそただの道具としてではなく多くの人を助けるための剣として活躍させてやってほしい。


「ああ、見てろよ! 親友でライバルのお前の期待は裏切らない!」


 ライナスは黄色く輝く魔剣を見つめた。


「……なあ」


「……やるか?」


「いいのか?」


「試したいだろ?」


「ああ」


 ジケはフィオスをテーブルに置いて自身の魔剣であるレーヴィンを抜いた。


「魔剣の切れ味はいいから手加減してくれよ?」


「……お前もな!」


 ジケとライナスは剣を打ち合わせた。

 魔剣同士特有の手にかかる魔力の反発。


 手加減すると言いながら、乗ってきた二人の手合わせで剣がかすめて小さい切り傷だらけになってジケとライナスはエニに怒られることになったのであった。

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