馬車も売り、水も売る商会
むさっ苦しい光景。
薄い下着一枚だけ身につけた男たちが汗だくで働いているところに差し掛かった。
ジケは近くにいたやつにあれはなんだと聞いた。
ああやって水作ってんだとさ、と答えられた。
汗を搾り出しているのか? と聞くと植物から搾るらしいぞと教えてくれた。
正直良い光景ではなかった。
鍛え上げられた綺麗な体でも全裸に近い男どもが並んでいたら気分は良くない光景なのに中肉中背、あるいは弛んだ体のオヤジたちの体を眺めたい奴はいない。
それでいながら異様すぎる光景なのでどうしてもチラリとそちらを見てしまう。
封印したい記憶。
だから思い出せなかったのだ。
けれどタミとケリの助けを得てそんな光景と共にケントウシソウから水を搾る方法を思い出したのである。
ケントウシソウのコブはある程度の熱を加えると柔らかくなる。
そのタイミングで圧力を加えてやると中の水がドバッと出てくるのだ。
ただし熱を加えるというのも難しくて水が沸騰するほどの熱を加えると内部からの圧力に負けてコブが破裂する。
全体的に熱を加えるが水が沸騰しないほどの温度にすればコブから水を絞り出せるというわけなのだ。
それを可能にしたのが蒸すという方法。
上手く調整をしてコブを蒸して柔らかくして人力で絞っていくということを過去にやっていた。
だから男どもは汗だくになっていたのだ。
さらに盲点的なことで水が欲しいのに水を使って蒸すということはギリギリの状況ならば思い付かないだろう。
クトゥワとキーケックと一緒に蒸す方向でいくつか実験も行った。
ただ全力で蒸せばいいということでもなかった。
とにかく火力出して全力で蒸すと沸騰温度近くまで熱くなってコブが爆発してしまった。
むしろちょっと火力を落としたりして単純にアッツアツにしてやると程よく柔らかくなった。
いい具合に柔らかくなるとジケでも体重を加えれば水を搾ることができたのである。
茹でという方法もあってそちらでもよかったが沸騰しない温度に調整する時に蒸しのほうが楽だった。
それに蒸しの方がまとめて熱を加えられるので結局コブを蒸すことになった。
「うむ……これはかなりありがたいですね」
ケントウシソウのコブはかなり優秀だった。
なぜなら燃料にもなることが分かった。
水を取り出した後のコブをよく乾燥させてから燃料として燃やすとよく燃えて、意外と長持ちする。
つまり最初に水と燃料があればあとはケントウシソウのコブを利用して新たに水と燃料を得られるのだ。
コブを再利用してコブを絞ることができる自給自足みたいなことができたのである。
実際にジケの言う通りに水を生産できるだけでなく燃料にもなるということは大きな発見であった。
あとはより効率的にコブを蒸したり水を搾るシステムを考えねばならない。
過去では暇を持て余したおっさんを雇っていたけれど今回は暇を持て余した子供たちを雇って作業してもらってもいいかもしれない。
ジケが子供たちのために暖かい部屋を用意してあげたからジケに恩を感じて手伝いたいと言ってくれる子も多い。
ちゃんと給料も出して手伝ってもらえば貧民街を抜け出す足がかりぐらいにはなるかもしれない。
そうしているうちに井戸から取れる水の量がさらに減っていた。
そろそろあの亀の子供が生まれるのかもしれないなとジケは思った。
「まーた変なこと考えてるな?」
「形は変かもしれないけど見た目なんて飾りだから」
小鍋と箱では効率が悪い。
より効率的に大規模にもできるようにする必要がある。
ジケは子供たちが使っている暖かい部屋に目をつけた。
現在も部屋の真ん中では火を燃やしている。
これを利用と思った。
大きな鍋を置けるようにしてそこから立ち上る蒸気を二階の部屋に送れるような排気の道を作った。
家の二階で蒸し上げてしまおうというのである。
一階から二階まで蒸気が上がる間に程よく蒸気の温度も下がってコブを蒸すのにちょうどいいぐらいになった。
二階からは滑り台のような斜めになった板が下まで伸びていてそこに水を絞って下で受け取る仕組みとなっている。
家の大改修となったのだけどノーヴィスがそこら辺は上手くジケの意図を汲んで家を改造してくれた。
「いきまーす!」
二階の窓からユディットがジケに向かって手を振る。
「オッケー!」
二階から伸びている板の先には水を入れるためのタルが置いてある。
家の改修でもちゃんとコブから水が採れて、それをちゃんと一階に流すことができるのかの実験である。
「おっ、あぁ……」
まずコブを絞ることに問題はなかった。
一階から上がっていった水蒸気はコブを蒸して柔らかくしてくれていた。
だが下に水を送るための板がダメだった。
真ん中をへこませてあるのでいけるかなと思ったけれどコブから出てくる水の量が多くて溢れてしまっている。
「あー、もっと深くしなきゃいけないな」
ただ問題解決の方法は単純である。
水がこぼれないように深くすればいい。
もう少し調整すれば新鮮なケントウシソウウォーターを飲むことができる。
「あとの細かいことは若いのに任せるよ」
「分かりました。ありがとうございます、ノーヴィスさん」
「いいさ、これからの人生馬車ばかり作ると思ってたから楽しくていいさ」
ノーヴィスが言う若いのとは孤児院の子供たちのこと。
ノーヴィスや他の職人のもとで色々と学んでいて手先が器用な子も多い。
少しずつ馬車作りも覚えているようで馬車事業の未来も明るい。
「ん、飲むか?」
ジケが抱えるフィオスがなんとか流れ落ちてきた水が入ったタルの方に体を伸ばしていた。
フィオスをタルの中に入れてやると水にぷかぷかと浮いている。
「気持ちいいのか?」
フィオスの感情が伝わってくる。
水を飲んでいるのではなくなんだか心地よさそうな気分である。
「なるほどね」
蒸されていたコブの水は水といいながらもお湯に近いような温かさもまだ保っている。
ジケがタルの中に手を伸ばして水に触れてみると温かかった。
「風呂か……それも悪くないな」
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