有能な右腕
よく寝たジケ。
起きたら辺りは暗かった。
でも空を見上げれば星がある。
狭い地下ではなく、地上に出てきたのだと安心感が胸を占める。
「寝たわ……腹減ったな」
思考がダダ漏れで口に出てくる。
宝物庫を出てきたのは朝方だった。
そこから荷物などを置いていた馬車のところまで戻ってきてとりあえず食べられるものを腹に詰め込んで寝てしまった。
今星が見えるということは夜の時間ということである。
だいぶ寝たものだ。
「おはようございます」
「おはよう、二人はよく眠れた?」
「ええ、こんな風に寝たのは久々です」
テントを出るとユディットとニノサンがすでに起きていた。
おはやい時間ではないけれど軽く挨拶をして二人が当たっている焚き火にジケも当たる。
まだ夜になると結構冷える。
焚き火に手をかざして指先を温めているとどこからかフィオスもやってきて焚き火で温まるようにそばに寄る。
「何か話してたのか?」
風もなく焚き火のパチパチとした心地よい音だけがわずかに響いている。
ふとユディットとニノサンの二人だと何か会話でもしていたのかと気になった。
ジケの右腕の座を取り合って競い合うような二人は一見仲が悪そうに見えることもあるが、ジケを主として心から仕えているという点では共通している。
ジケを中心として意見がぶつかり合うことがあり、ジケを中心として意見が合うこともあるのだ。
いけすかないなんてユディッとは言っていたがニノサンのおかげで余裕を持ってジケに仕えられることはありがたいと思っていた。
対してニノサンはユディットがまだ騎士として未熟ながらも自分なりの芯を持ってジケに仕えていることに敬意を払っている。
「会長といると退屈することがないなって話してました」
「なんだよ、それ?」
「今日のこともそうです。普通に生きていたら経験するようなことじゃないことが会長といたら巻き起こります」
「命の危険もありましたが刺激的な出来事でした。だから……仕えられて、面白いなと二人で話していました」
「仕えられて面白いか……」
中々聞かない意見だと思う。
仕えられて光栄だとか、幸せだとか、そういったことは聞くけれど仕えられて面白いとはまた面白い。
けれど悪い気はしない。
楽しく仕えられるならそれでいい。
焚き火に照らされる二人の目を見ればウソの言葉じゃないことはジケにもわかる。
「仕えるべき相手に出会えることは幸せだと父は言っていました。今ならその気持ちよく分かります」
ユディットは遠い目をして焚き火を眺めている。
「そういえばさ。ユディットの親のこと、聞いたことがないけど……」
ユディットは良くも悪くも貧民らしくない。
初めて会った時から割と身なりはよかった。
魔剣を持っていたし、若いながら家を使っていた。
それに名前も二文字名前じゃない。
ユディットぐらいの年齢なら普通にありえるが弟のシハラも二文字名前ではなかった。
そこから予想されることはある程度までユディットたちには親がいたのではないかと思われた。
興味ないわけではないが聞いてもいいことなのか分からなくて聞いてこなかったが、父親のことを口にしたので聞いてみた。
「嫌ならいいんだけどさ」
「……会長になら話してもいいかもしれませんね」
少しためらったような顔をしたユディットはポツポツと話し始めた。
「もうある程度察しはついているかもしれませんが、僕は騎士の子供でした。この国ではなく、南にある小国の一つで王族に仕える騎士が僕の父だったんです」
揺れる焚き火を眺めながらユディットは言葉を続ける。
「僕の母は小さな貴族の出の女性でした。しかし血縁上は王族と遠縁にあったんです。何十人も殺せばようやく王座が見えるような遠い関係です」
平和に暮らしていたユディットの両親だったがある日反乱が起きた。
この国であった王弟の反乱のようなものだが、この国と違うのは反乱が成功してしまったことだった。
当時ユディットの両親は実家の方に帰っていて反乱には巻き込まれなかった。
けれど反乱に成功した王がまず始めたのは血の粛清だった。
「王位継承権を持つ人探し出して、一人残らず殺すつもりだったんです」
その時にはユディットも産まれていてシハラも身籠もっていた。
母親もかなり順位としては低いが王位継承権を持つ。
その子であるユディットとシハラ一応継承権があったのだ。
このままでは妻と子の命が危ないと思ったユディットの父親は亡命することにした。
生き残った騎士の仲間の手を借りてユディットの両親はこの国に逃げ延びてきたのである。
けれどそのタイミングで産気づき、ユディットの母親はシハラを産んで亡くなってしまった。
「そこから父が男で一つで僕たちを育ててくれました」
目立たぬように貧民街に居を構え、ユディットの父親は妻を亡くした悲しみを背負いながらも子供たちを育てた。
しかしそんな父親も魔物との戦いの傷が元で亡くなってしまったのである。
そこからはユディットがシハラを育てた。
「……すいません。面白くない話ですよね」
「いや、お前が努力家なすごく頑張ってる奴だって改めて分かったよ」
「会長……」
「色々大変だったな。これから俺がお前を幸せにしてやるよ」
過去ではシハラは死んで、ユディットは暗殺者に身を落とす。
だけど今回はそんなことにさせない。
多少の大変さはあるかもしれないけれど過去のような人生は歩ませない。
「……男の僕まで落とすつもりですか?」
「もう俺に落ちてるんだ、これ以上落とす必要はあるか?」
「……ありません」
照れたように笑うユディット。
父親は王に仕えたことを最後まで誇りに思っていた。
最後シハラを身籠もっていた母親のために自分がその場を離れてしまっていたことを悔やんでいた。
けれども王様はきっと子供のところに向かえと言っただろうなんて父親が笑っていたことをユディットは今でも覚えている。
ジケも同じだろう。
ジケと同時にシハラが困ったことになっていたらシハラのところに行けというような人だ。
そんなことにならないように全力で守りたい。
何かを守る背中をしていた父親の姿に少しだけ自分も近づけたような気がしたユディットであった。
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