希代の盗賊が遺したもの13

「フィオス頼んだ!」


 触った感じでは金属製の扉だった。

 ジケはコブをかわしながら盾にしていたフィオスをスライムに戻して扉に向かって投げた。


 飛んでいったフィオスはコブに狙われることもなく扉に張り付いた。


「頼むぞ……」


 開けられるか分からないのなら穴を開ける。

 丸く張り付いたフィオスが扉をじわじわと溶かしていく。


 そうこうしている間にニノサンもジケに追いついた。


「どうですか?」


 流石のニノサンも疲れてきていた。

 あまり時間もかけていられなさそうである。


「もう少し耐えてくれ。フィオスが今扉を溶かしてるから」


 ジケも結構疲れている。

 日中は地上でケントウシソウと戦って、今は罠の多い地下通路を進んできた。


 肉体的にも精神的にも実は限界に近づいていた。


「穴が空きました!」


「よし、一斉に飛び込むぞ!」


「はい!」


 フィオスによって扉に丸く穴が空いた。

 ジケとニノサンでタイミングを合わせて一気に扉の中に飛び込んでいった。


「……大丈夫そうだな」


 一応すぐに振り返って警戒したけれどケントウシソウのコブは扉の中まではこなかった。


「明るい……」


 部屋の中は天井に光る石が嵌め込まれてあってイレニアの光がなくても十分な明るさがあった。


「出口……ではなさそうですね」


 部屋の中は行き止まりだった。

 出口があることを期待していたけれどそんな雰囲気ではない。


 ジケたちの正面には台座のようなものがあって、その上に盃のようなものが置いてあった。

 台座の後ろには石の板があって何か文字のようなものが書いてあるが距離があってよく見えない。

 

 そして部屋の隅には宝箱が置いてある。


「フィオス」


 魔力感知を広げてフィオスを盾にする。

 ジケが魔力感知で見た限り罠のようなものはない。


 フィオス盾を構えながらジケは慎重に台座に向かっていく。


「…………何もなかったな」


 すごく警戒したのに罠も何もなかった。

 拍子抜けするほどあっさりと台座に近づくことができた。


「それでこれは何だ?」


 見た感じ盃なのは分かる。

 ワイングラスのような形をしていて手のひらぐらいの大きさ、派手な装飾ではないけれどもよく見ると美しく、一見しただけで高そうな雰囲気がある。


「何か……入ってますね」


「うん……何だろな?」


 盃には並々と液体が入っていた。

 今にも溢れそうな澄んだ液体はどこからか注いだばかりのような綺麗さである。


 ひとまず盃に触れるのはやめておくことにして、台座の後ろある石の板に目を向ける。


「僕の宝物庫を見つけた者よ、おめでとう?」


 石の板に書いてあった文字をジケが読み上げる。


「僕の名前はパルンサン。希代の大泥棒だ。ここは僕が盗んだものを置いておいた宝物庫。運良くここを見つけ、数々の罠を乗り越えた者にここにあるものをあげよう」


「パルンサン……ですか?」


「パルンサンってアレだよな?」


 ジケもニノサンもパルンサンという名前には聞き覚えがあった。

 大盗賊パルンサンの話は誰しも一度は聞いたことがある。


 事前に相手に予告状を送り、相手が最も大切にしているものを盗み出す盗賊であった。

 その特殊な盗みのスタイルと大金持ちだけを狙うというところから平民に人気のあった盗賊である。


 昔の人なのであるが、どこの何を盗んだとか最後まで捕まらなかったとかパルンサンに関わるお話は今でも耳にすることがある。

 そしてパルンサンの宝物庫の話もジケは聞いたことがあった。


 パルンサンが盗み出したものをどうしていたのかは当時からずっと謎であった。

 どこかに売り払ったとか噂はあったのだが、お宝が出てこないことからどこかに宝物庫があるのではないかと言われていた。


「ここには選りすぐりのお宝を置いておいた。是非とも全部持っていってくれ」


「……なんだか思っていたよりも軽い文面ですね」


「そうだな。でもこれがパルンサンの宝物庫だって言うならこれまでのことも納得できる」


 謎の場所にある洞窟を切り開いたかのような地下通路、凶悪な罠。

 それらがお宝を守るためのものだとしたら理解もできる。


「これは……あれ? 崩れてる」


 石板の下側の一部は崩れていて読めなくなっていた。

 パルンサンといえばかなり昔の人である。


 そんな人が作った宝物庫なら作られてから相当時間が経っている。

 風化して石板が壊れてしまったようである。


「とりあえずここにあるのはパルンサンが盗み出したものってことだよな」


 ジケは台座の上にある盃に手を伸ばしてみた。

 そっと持ち上げてみると盃に注がれている液体が波打つ。


 意外とこぼれない。


「おお……おっと!」


 悲しい習性。

 慎重に持ち上げても揺れる液体は盃からこぼれそうになった。


 こぼすのもったいないと思ってしまった。

 そんな時人はどうするか。

 

 盃に口をつけてこぼれかけた液体を飲んでしまった。


「主人!?」


 そんなもの飲んでも大丈夫ですかとニノサンが驚く。


「ちょ、え、主人!」


 口をつけて止まったジケがなぜかそのまま盃の液体をグビっと飲んだ。

 ジケの手から盃が落ちる。


「うっ……くっ……」


「主人、大丈夫ですか?」


 ふらりと後ろに下がったジケをニノサンが支える。

 ジケの息が荒くなり、目の焦点が合わなくなっている。

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