昔だけど昔じゃない約束

 次の日薬草が生えているところまで移動してきた。

 ケントウシソウが生えている群生地を迂回して反対側には花畑が広がっていた。


 青い美しい花で風に揺れるとふわりとさわやかな甘い香りが風に乗って漂ってくる。


「きれー……」


 幻想的な花畑をエニは惚けたように見ている。

 確かになかなか見ていて気分の良い景色である。


「へっ……エニには敵わねえよ」


「はいはい、ありがと」


「おいっ! 流すなよ!」


 カッコつけてみたライナスであるがちょっとクサすぎた。

 悪くないセリフだったとジケは思うがエニはさらりと受け流してしまう。


 もうちょっと自然な感じで言えたらいいんじゃないかと思うが、あのカッコつけた感じがいかにもライナスでジケは好きだった。


「慰めなんかいらねぇやい!」


 ジケはポンとライナスの肩に手を乗せた。

 しかしそんなことで気分が回復するわけもなくライナスはガックリと肩を落としたのであった。


「それであの青い花が薬草なんですか?」


「いいえ、違います。青い花の間に白い小さな花が生えていることがあって、それが薬草になるのです」


 青い花が薬草だったなら楽だったのになと思ったがそうはいかない。

 一面青の中に白い花があるのだという。


「白い花なんて見えるか?」


「見えない……」


 ライナスもジケも目を凝らしてみるけど白い花なんか見えない。


「えーと……ありました」


 慎重に青い花の中に分け入ったドクマーがキョロキョロと白い花を探す。

 腰を屈めて花の中に手を突っ込むと一本の花を取った。


「ちっちゃ!」


 エニが驚くのも無理はない。

 ドクマーが手にしている花は小指の先ほどの大きさもない本当に小さな花だったのだから。


 ミニチュアサイズであるがよく見てみると確かに花だった。


「これを乾燥させて粉末状にすると薬の材料になるんです」

 

「へぇ〜」


 これは探すのが大変そうだとジケは思った。

 最初は魔物の警戒なんて言っていたがそちらよりも白い花を探す人手が欲しかったのである。


 俺はやらんぞというグルゼイに周りの警戒は任せてジケたちは白い花を探し始める。

 白い花は小さい。


 それだけではなく背丈も青い花と比べて低いために青い花に隠れるようになっている。

 よく目を凝らし、時折青い花をかき分けて白い花を探していく。


「あったぁ!」


「根元の方をつまんで優しく引き抜いてください」


「どーだぁ、ジケェイ!」


 ジケに白い花を見せつけるライナス。


「どーだってなんだよ」


「俺の方がたくさん見つけてやるからな!」


「ほーう? 負けたらどうする?」


 たかだか花一本見つけたぐらいで偉そうにされてはジケもプライドが刺激される。

 ライナスがそうくるならジケだって挑発に乗ってやるつもりだった。


「じゃあ負けた方がシウルベスター奢りだ!」


「シウルベスターって……」


「なんだ、忘れたのか?」


「いや、覚えてるよ……」


 ジケが回帰してきた時点よりも前のこと。

 元有能冒険家を名乗るおっさんがとある店の話を話してくれた。


 良い魔物肉が入った時しか営業しないシウルベスターというステーキのお店の話だった。

 まるで目の前で食べているかのように肉のことを語るおっさんの前でジケとライナスはよだれを垂らしてその話を聞いていた。


 そして約束したんだ。

 どちらかが稼げるようになったらそこに行こうって。


 どっちかが奢って、どっちかが奢られれば2回行けるなって。

 過去では結局行くこともないままにライナスは死んでしまった。


 ジケも稼げる人にはならなかったのでそんな店にも行くことはなかった。


「じゃあお前の奢りだな」


「なんだと!? ここら辺の全部取ってお前の奢りにしてやるからな!」


 軽く花で笑うジケであったが内心では感動を覚えていた。

 言われるまで忘れていたような約束だが、今度こそ果たすことができる。


 そして互いにそんなちょっと高級店を奢れるぐらいには稼げる立場になったのだ。

 小さな約束だけどふと思い出した時には大きな呵責になる。


 今回はぜひともステーキ食べて、ライナスとの約束を果たすのだと思った。

 奢れると言っても兵士のライナスの給料だとかなり辛いだろうけどジケも手加減するつもりはない。

 

 ジケは魔力感知を狭める。

 広げるのではなくより狭い範囲を詳細に感知しようというのだ。


 目に見えない青い花の下を魔力によって視ていく。


「あった!」


 そうして白い花を見つけては丁寧に採取していく。

 どうしてここを立ち入り禁止にしたのか。


 この青い花畑はとても綺麗だ。

 近くにいるのはケントウシソウで自ら襲いかかってくることのない魔物で、ケントウシソウがいるために他の魔物は少ない。


 もし普通に来れる場所だったら観光地にでもなっていたかもしれない。

 そうなった時人はきっと青い花畑に足を踏み入れる。


 青い花はいいだろう。

 これだけ生えているのだし意図して踏み潰すような人がいない限りはそれほど荒れもしない。


 対して白い花はほとんど見えない。

 それを知らない人たちが足を踏み入れるとあっという間に踏み潰されてしまうことだろう。


 青い花も人が踏み入れなかったからこれほど綺麗に咲いているのかもしれない。


「もういっちょ!」


「ぐわー! なんでそんな見つけられるんだよ!」


「はは、男の子同士らしいやな」


「またくだらないことして……」


「会長のため僕も見つけます」


「僕もジケのため頑張る!」


 みんなで青い花をあまり荒らさないように気をつけながら白い花を採取していく。


「あんたはいいのか?」


 コブがいっぱい積まれた荷車の後ろで足を投げ出し、青い花と白い花のスケッチをしているクトゥワ。

 グルゼイは気まぐれにそんなクトゥワに声をかけた。


「ええ、この年になると屈んで作業するのも、小さい花を見つけるのも大変ですからね。それに見てごらんなさい。若者たちが輝いています」


「ならば俺は入ってもよさそうだな」


「はっはっは! そうかもしれませんね」


「……何を描いている?」


「少し手持ち無沙汰になりまして」


 花のスケッチが終わって手帳を閉じたクトゥワはまた手帳を開いて何かを描き始めた。

 クトゥワが手帳に描いていたのはみんなでワイワイと白い花を探して笑い合っている姿だった。


「ふふふ、人なんて描いたの久しぶりですが腕は落ちていないようです」

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