水の底の戦い3

「お前、俺を忘れていないか?」


 ゴダンナの攻撃をかわした瞬間グリッセントが横からジを切りつける。

 ジはグリッセントの剣を防いだけれど力を受け流しきれずに後ろに転がる。


 もちろん警戒はしていた。

 しかしそれでもグリッセントは速い。


 何か手を講じなければ真正面からではとても勝てない。


「さっきまでの威勢の良さはどうした!」


 けれどグリッセントはジに考える余裕も与えない。

 ゴダンナが回り込むように動き、グリッセントと挟み撃ちにしてくる。


「後ろにでも目がついているみたいだな!」


 おそらくジではなく他の人ならあっという間にやられてしまうだろう。

 魔力感知によって目で見ずとも周囲の状況を視ることができるジだからなんとか対応できている。


 対応できていると言ってもギリギリ。

 かわしきれなくて細かな切り傷も増えていっている。


「……しまっ…………ゔっ!」


 ゴダンナとグリッセントの同時攻撃。

 対応しきれずに思い切り隙ができてしまった。


 腹にグリッセントの蹴りが直撃してジは壁に叩きつけられた。


「チッ……無駄に抵抗しやがる。ここ生臭くて嫌いなんだよ」


「……う……臭い……」


 痛みで少しぼんやりとした頭ではグリッセントの言葉の一部しか聞き取ることができなかった。


「いいから何があったかしゃべれ」


 グリッセントはジの髪を雑に掴むと顔を上げさせる。

 本当に子供相手でも容赦がない。


 グリッセントは剣をジの脇に当てる。


「一生片腕で生きたいなら好きにしろ。嫌なら早く口を開け」


 こいつは本気だと目を見て思う。


「俺たちはスイロウ族に助けを求められてここに来た……。カメの叫び声が聞こえてきたから駆けつけたんだ」


「ふーん……そういえばスイロウ族のガキを逃したな。助けを呼びやがったのか」


 グリッセントは盛大に舌打ちする。

 だから追いかけて殺しておくべきだと主張したのにと文句を言いたい気分だった。


「そして駆けつけた騎士が外に奴らの邪魔をしたんだ。そしたらこの魔物を拘束していた鎖が壊れて……」


「たかだか騎士にしてやられたか。偉そうにしてたくせに」


 どうやらグリッセントはウリドラとは仲が良くないようだ。

 ウリドラもさっさとグリッセントを見捨てる判断をしたということはそこまで仲間としての絆もないのだろう。


「それでどうした?」


「多分この魔物の魔法で……」


 ジは湖の水が巨大な壁のように波打って襲いかかってきたことを説明した。

 おそらく波に飲み込まれた後湖に戻る流れに引き込まれてそのまま底に沈んだのだろうと今更ながら思った。


「それで今は湖の底か……こんなガキと2人……死ぬわけにはいかねぇな。どうにかして……」


「人のことガキ、ガキと……」


「あぁん?」


 ジは右手を少し上げて剣を手放した。


「何をして……」


 グリッセントはそれを目で追って鼻で笑った。

 諦めたか、と思った。


「こちとら中身年寄りなんだよ、なめんな」


 グリッセントの視界が半分暗くなった。

 何が起こったのか分からないけれど急に頭の芯まで駆け抜けるような激痛が走ってグリッセントは剣もジも放して目を押さえた。


 ジの手には血まみれのナイフが握られている。


「テメェ、どこからそんなものを!」


 ジはナイフなんて持っていなかった。

 戦いながらも観察していたがジの装備は剣と盾。


 訳が分からなくてグリッセントは混乱していた。

 ジが手に握っているナイフはフィオスだった。


 バレないように盾の一部を変形させてバレにくいナイフの形状になってもらったのである。

 大人しく話したのも剣を手放したのも全てはグリッセントを油断させるため。


 ジのことをガキだと思って見下しているけれど一度は人生を強かに生き延びた経験がある。

 力も知識もないが他の子供にはない冷静さがジにはあった。


「クッ! ゴダンナ!」


 ジが剣を拾うのを見てグリッセントは後ろに下がる。

 代わりにゴダンナが前に出て契約者を守ろうとする。


「フィオス!」


 再び盾になった盾フィオスでゴダンナの噛みつきを防いだ。

 そのままフィオスは柔らかなスライム状に戻ってゴダンナの口周りにまとわりついた。


 さらにそこから金属化するともうゴダンナは口を動かすこともできなくなる。


「うっ! お前、何を……!」


 急に頭に激痛が走ってグリッセントはふらついた。

 同時にゴダンナが悲鳴のような声を上げていた。


 口を塞がれてこもったような悲鳴を上げながら激しく頭を振る。

 明らかにゴダンナは苦しんでいる。


 そのゴダンナの苦しみがグリッセントにも返ってきているのだ。


「スライムの、フィオスの力だよ」


「なん……だと、ぐわああああっ!」


 フィオスがゴダンナを戦闘不能にしている間にジはグリッセントに近づいて右腕を切り落とした。

 そしてそのまま剣の柄でグリッセントの頭を殴りつけて気絶させた。


 殺してやりたいぐらいの気分だったけれどジの中にも冷静さは残っている。

 表にいた連中が全滅してしまったなら今ここにグリッセントが唯一の生き残りとなる。


 どう見てもただの密猟者とは思えない連中の正体を知るためには生きたまま捕らえておいて情報を聞き出さねばならない。

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