水の底の戦い4

「さてフィオスの方は……ありゃ」


 グリッセントが気を失ったのを確認して振り返ってみるとゴダンナも気を失って倒れていた。

 舌をデロリと出して体を痙攣させているゴダンナの方からフィオスが跳ねてきてジの胸に飛び込む。


 フィオスがやったのは口の拘束だけではない。

 前にフィオスはジの指についた臭い木の実の汁を綺麗さっぱり吸収した。


 複雑に作られたポーションすらも真似ることができるフィオスの能力を持ってすれば臭い木の実の激臭を真似ることも可能なのだ。

 ケモノタイプの魔獣は鼻もいい。


 おそらく強ければ強いほどそうした能力にも優れている。

 口周りにまとわりついたフィオスが発する激臭にゴダンナは苦しんだ。


 いくら頭を振ろうと臭いからは逃れられず、がっしりとまとわりついたフィオスの拘束を外すことも不可能。

 ゴダンナは己の鼻の良さのためにニオイに苦しんで気を失ってしまった。


 グリッセントはゴダンナとの絆が深かった。

 ゴダンナの苦しみがグリッセントに返ってくる程に。


 そのために結局はフィオスの力によって目を失い、最後は動くこともできずにジにやられてしまったのである。


「にしても後はどうしたら……」


 不思議と胸に湧き起こっていた怒りは穏やかになっていた。

 やはりグリッセントが怒りの原因だったのかもしれない。


「フィオス、どこに行くんだ?」


 珍しくフィオスがジから離れていく。

 壁際まで行くとそこで大きくピョンピョンと跳ねる。


「これはひどいな……」


 そこにあったのは一際大きな切り傷だった。


「まさか、これを治すつもりか?」


 フィオスが何をしようとしているか何となくピンときた。


「……よっしゃ、やるか! といってもやるのはフィオスだけどな」


 ジはフィオスを持ち上げると傷の真ん中に押し当てる。

 フィオスが胃の壁にへばりつきながら体を広げていく。


 フィオスの透けた体越しに傷の様子が見える。

 じわじわとであるが傷が小さくなって塞がっていく。


 フィオスが治療ポーションを体から染み出させて傷を治しているのだ。

 多分であるがフィオスはカメの腹の中を治してあげようとしていたのだとジは思った。

 

「すごいもんだな」


 大きな傷であったがフィオスのおかげで治ってしまった。

 フィオスのやる気をすごく感じる。


 ジは大きな傷を選んでフィオスを当てて治療していく。

 高いところにある傷にはフィオスを投げて対応する。


 時間はかかるけれど胃の中の痛々しい傷はフィオスによって治療されていった。

 細かな傷まで全てだと言うと限界はあるので目につく大きなものを一通り治療した。


「うん……結構いい感じなんじゃないか?」


 よく見ると細かい傷は多いが大きな傷は治ったのでフィオスも満足したような感じがしている。


「そんで……どうしたらいいのかな?」


 治したのはいいのだけどここからどうしたらいいのか分からない。

 胃袋の奥に流れていくわけにはいかないので口のほうに向かうしかないとは思うのだけど、そのまま進んで行って出られるのだろうか。


 それにグリッセントのこともある。

 引きずって連れていくのにも骨が折れる。


 だからといってこのまま胃袋にずっといたら消化されてしまいそうだ。


「とりあえず口の方に向かって……わっ、なんだ!? おわーーーー!」


 ぼんやりしていてもしょうがない。

 そう思って口の方に行ってみようと思ったら急にカメが揺れ出した。


 ただ動いているのではなく、大きく立っていたところが斜めになってジは足を滑らせて転がっていく。


「いでっ!」


 壁に叩きつけられてジは顔をしかめる。

 内臓の壁なので柔らかい感じがして少し衝撃は吸収してくれた。


 それでも背中を打ち付けて、ジは悶絶する。


「あっ、ぶっ!」


 グリッセントとゴダンナも滑ってきてジは慌てて避ける。

 一歩間違えればジは押し潰されていたかもしれない。


「ふぅ……なんだよ!」


 何が起きているのか分からない。

 とりあえず不測の事態に備えてフィオスには盾になってもらう。


「おおっ? おっ?」


 地響きのような音が聞こえて胃袋が急激に動き始めた。


「何が……うわあああああっ!」

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