水の底の戦い2

 目つきが鋭くまとっている雰囲気が普通の人のものではない。

 服の前は大きく開け放たれていて鍛え抜かれた体が見えている。


 ここが亀の腹の中だということは頭で理解できる。


「そうか……これが原因だったのか」


 多分胃袋の中であると思う。

 本当に胃袋なのかどうかはジには分からないけれど胃袋の中がぼろぼろになっていることだけは確かに分かった。


 おびただしい数の斬撃の跡。

 ひどく切り裂かれて亀の体内は痛々しいことになっていた。


 カメが時折大きな叫び声を上げていた原因をようやく見つけた。


「まあいい、おいガキ。外はどうなってる?」


 その意図があるのかないのか知らないけれど見られただけでにらまれているように感じる目つきをしている。

 苛立ちが声に表れていて、威圧感が強い。


「本来ならこうならないようにこの化け物を拘束しておくつもりだったんだ。だが急に揺れるし水も入ってきた。それに変なガキ来た……何かがあったのは間違いない。表で何があった?」


「今頃あんたの仲間は全滅しているだろうな」


 ふとウリドラが口にしたグリッセントという名前を思い出した。

 それがこいつだろうかと思った。


「……なんだと?」


「俺たちはスイロウ族を助けるために国から派遣された騎士だ」


 どう見たってジは騎士ではない。

 けれど騎士に同行した仲間であることは間違いないし、スイロウ族を助けにきた騎士がいることもウソではない。


 全滅したかどうかも不明だがあんな波に飲み込まれれば無事では済まない。

 他の騎士たちも無事なのかはわからないがエがシェルフィーナを出していたことやルシウスがみんなを守ろうと波に魔法を放っていたことは見えた。


 上手くいっていれば水に巻き込まれても死にはしないはずだ。

 スイロウ族たちがどうなったのかとか気になることは多いがグリッセントの仲間が外で無事にいないだろうことはほとんど確信を持っていた。


「なんだと?」


 グリッセントの目つきがより鋭くなる。


「それよりもここをこんな風にしたのはあんたか?」


「おいクソガキ、口の聞き方に気をつけろ」


「おっさんも初対面の相手に対する口の聞き方分かってないんじゃないの?」


 グリッセントの額に青筋が浮かび上がる。

 相手を挑発して良いことなどないのだけど、なんだかムカついた。


 もしかしたらこれはジの感情ではないのかもしれない。

 ジではなく、ほんのりと震えているフィオスが思う感情がジの胸に広がっている。


 フィオスが怒っている。

 多分グリッセントがやったことに対してだとなんとなく思ったのだ。


 カメを傷つけたグリッセントのことを許せない。

 無駄に挑発的な口調にもなってしまうというものである。


「手足の一本でも切り落としゃ大人しくしゃべる気になるか?」


 グリッセントは横に突き立てていた剣を引き抜いた。

 胃袋が一瞬わずかに痛みで収縮した。


「……フィオス、あいつを倒せばいいんだな?」


 正確な理由は分かっていないがムカついてしょうがない。

 グリッセントがすごい悪いやつで、ただただムカついてしょうがない。


「ほう、魔剣か。……騎士の話もあながちウソではないかもしれないな」


 ジが剣を抜き、フィオスを盾にして構える。


「ふふ、殺して奪うのも悪くないな!」


 グリッセントは一気に走り出した。


「速い!」


 胃袋の中はややぬるつくような感じがある上に足首まで水が張っていて足場が悪い。

 なのにグリッセントは一瞬でジと距離を詰めて剣を振り下ろした。


 剣のスピードは速くて力も強い。

 なんとか盾フィオスを活用しながら防ぐけれど反撃の隙を見つけられない。


 速度で言えばグルゼイにも近い。


「ただのガキじゃないようだな!」


 こんなところにいる時点で普通の子供ではないがよく攻撃を防いでいる。

 ただガキに攻撃を防がれるのは気分が悪いとグリッセントは苛立ちを募らせる。


「クッ!」


 グリッセントの攻撃の回転がさらに速くなり、盾で防ぎきれずに腕が軽く切られた。


「う、このガキ!」


 このままではいけないとジは流れを変えるためにグリッセントの足を思い切り踏み抜いた。

 予想外の攻撃にグリッセントが顔をゆがめた。


 足の甲を踏んだので相当痛いだろう。

 怯んだグリッセントの隙をついて剣を横なぎに振るった。


「浅いか!」


 グリッセントは素早く一歩下がってジの剣をかわそうとした。

 かわしきれずに脇腹を剣がかすめて血が飛んだけれど傷は浅い。


「はぁ……俺もヤキが回ったか。こんなガキの剣をもらうとはな。ゴダンナ!」


 己の血を見てグリッセントは凍りつくような目をした。

 そして魔獣を呼び出した。


 まるで血のような真っ赤な毛を持つ大狼。

 ゴダンナの赤い瞳がジを見据え、腹の底に響くような唸り声をあげている。


 卑怯とはいえない。

 ジも魔獣であるフィオスを出して戦っている。


「食い殺して構わない。生きたまま腕を引きちぎり、内臓を引きずり出せ」


 物騒なことを言うものだ。

 ゴダンナがジの方に駆け出す。


 今度は先手を取らせない。

 襲いかかってくるゴダンナに合わせてジは剣を繰り出す。


 ゴダンナに攻撃をかわすが先に攻撃をしたジがそのまま攻め立てていく。

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