密猟者たちの目的4

 滝の裏にあるこの洞窟では当然四六時中滝の音が聞こえている。

 そのせいで長い時間ここにいるスイロウ族たちは精神的にもやられてきているほどなのだが、そんな大きな滝の音が突如として聞こえなくなったのである。


「た、大変だ!」


 表で見張りをしていたスイロウ族が慌てて洞窟の中に飛び込んできた。


「滝が……止まってしまった!」


「そんなバカな!」


 みんなで洞窟の外に向かう。

 洞窟の入り口から滝は見えているはず。


 なのに洞窟の外の森が見えている。

 出てみると勢いよく流れ落ちていた水が全くなくなっていた。


 わずかにチョロチョロと流れているところはあるけれど、滝とも言えないぐらいの水量で隠されていた洞窟は丸見えになっていた。


「何があったんだ……?」


 滝が急に止まるとは思えない。


「まさか……」


「何か知っているんですか?」


 少し遅れて出てきたサタラの顔は青くなっている。

 ジはそんな様子を見て何かを知っていそうだと思った。


「言ったでしょう、特殊な事情があってここを守ってるって」


「ええ、そのようなことを言ってましたね」


「私たちは森の自然を守っているだけじゃないの。この森……このイナーズ湖には守り神様がいらっしゃって、他の人が守り神様を怒らせないようにもしているのよ」


「守り神様ですか?」


「そうよ。守り神と言っても……」


「なんだこの声?」


 大地を揺らすような声が響き渡った。

 人の声ではない。


 何かとんでもなく大きなもののような声。

 森から鳥の魔物たちが一斉に飛び立っているのが見える。


「上ですね」


 ユディットが上を見る。

 だがそこには天井があるだけで上にあるイナーズ湖の様子は見えない。


「これは……危険よ」


「その守り神様ってやつが怒ったらどうなりますか?」


「大洪水……あるいは大かんばつが起こるかもしれない」


 王国の歴史上で洪水やかんばつが起きたことは何回かある。

 環境的要因による自然災害であったことがほとんどなのであるが、時として自然が原因でなく大災害が起きたこともあった。


「かつてこの地に住まう魔物を狙った大規模な密猟者がこの辺りを荒らしたことがあったわ。ちょうど今みたいにね。その時守り神様を怒らせて……ひどい洪水が起こったのよ。当時の密猟者の頭領の名前からウゴイドヒ大洪水と呼ばれているはずよ」


「あっ、聞いたことある。授業で習ったよ、それ!」


 ウルシュナもその大洪水のことを歴史の授業で習ったことがあった。

 半月にも及ぶ洪水は川沿いのみならず様々なところに大きな影響を及ぼした。


 大洪水による損害を復旧するのには多くの時間を要した。

 一方で洪水のおかげで土壌が豊かになってしばらく豊作が続いたなんて側面はあるが、ともあれウゴイドヒ大洪水は歴史に名を残す災害なのである。


「何にしても守り神様に手を出すとこの国の水事情に大きな影響があるのです」


「じゃあ……上で何か起きてるんだな。ウルシュナ、騎士を連れて上に行こう」


「……わかった!」


 これは緊急事態に違いない。

 ルシウスたちを待っているような余裕はない。


 今動ける人員だけでも投入して確認しなければならない。


「どこか上に行く道はありますか?」


「洞窟を抜けていくと湖の向こう側に出られるわ。くーくんコルテ、戦えるものを連れて案内なさい」


「ですが……守り神様がお怒りになったら私たち全員危険なのよ。早く行きなさい」


「はっ、分かりました!」


「彼について行きなさい。案内してくれます」


「ありがとうございます」


 この場においてサタラの発言力は大きいらしくスイロウ族に素早く命令を下した。


「ジ、フィオス!」


 エスクワトルタが抱えていたフィオスをジに返した。


「気をつけてね」


「ああ、行ってくるよ」


 ジたちは騎士やスイロウ族と共に洞窟の奥に入っていった。

 暗くて水も流れているために足場も悪い洞窟の中を移動していく。


 滝のある場所からでは上に行こうと思うと大回りしなくてはならない。

 洞窟という環境を慎重に進んでも洞窟を抜けていく方が上に行くには早いのである。


「足元に気をつけてください。滑りやすいので」


「エ、大丈夫か?」


「うん、ありがと」


 エは火の魔法で明かりを灯してくれている。

 ジが手を伸ばして滑らないように補助して流れる水を飛び越える。


「ほれ、ウルシュナ」


「紳士だねー」


「もちろん。リアーネも」


「ありがとよ」


 段々と洞窟内の傾斜がキツくなって上に登っていた。


「揺れてる……」


 洞窟を移動している最中不規則な揺れを何度も感じた。

 同時に滝の上から聞こえてきた大きな鳴き声も響いてきて、何かが暴れているような嫌な予感がしていた。


「出口だ!」


 先の方に光が見えた。

 出てみると地面に空いた大きな穴が出口となっていた。


 振り返るとそこに下にあったよりも大きな湖が広がっていた。


「なんだあれ……」


「あれが……守り神様?」


 しかしまず目に飛び込んできたのは雄大な湖ではなかった。

 巨大なカメのような魔物に全員の自然が集まった。


 カメが首を上げて咆哮する。

 散々洞窟の中でも聞こえていた鳴き声である。

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