密猟者たちの目的3

「それから王国と獣人の戦争が起きた……王国の勢いが強くて獣人は選択を迫られたの」


 服従、死、あるいは屈辱に塗れても生きていつか自分たちの住んでいた地を取り戻すのか。


「私たちは住み慣れ、大切なものがものがあるこの地を離れたくなかった。少し特殊な事情もあって私たちは王国に服従することにしたの。この地を守る代わりに王国は私たちに以前と大きく変わらない生活を保証してくれたのよ」


 獣人たちからは裏切り者だと言われた。

 それでもスイロウ族は住み慣れたコルモー大森林を選んだのだ。


「結局多くの獣人は屈辱でも生きる道を選び北方に退いたのよ。皮肉なことにそうやって北方に押し込められて獣人が集まってようやくいろんな種族が団結したのね」


 中には住み慣れた地も離れず、屈辱にも耐えられずに歴史の中に消えていった獣人の種族もいる。

 けれど今北方の蛮族と呼ばれている獣人の祖先たちはスイロウ族のように譲歩することも良しとせず、かといって自ら命を断つようなこともしないで北に逃げたのである。


 もしかしたらいつか自分たちの土地を取り戻すという思いがあったのかもしれない。

 どういった考えで獣人たちがそうしたのかはサタラには分からない。


「けれど本当はもっと前にいくらでも交渉する機会はあったはずなのだけどね……」


 サタラはその戦争時代に生きていた人ではない。

 だがスイロウ族は比較的早く降参することを選んで交渉に臨んだので戦争の状況を見ていた。


 戦争時代を生きた人から伝え聞いた話では互いに歩み寄れば良き隣人になれたかもしれないタイミングは何回もあったようだ。

 スイロウ族に対応してくれた窓口係の騎士や役人は真面目で最後には互いに良い条件で王国民となることが出来た。


「獣人の間では王国が悪となっているけれど最初から王国だって頑なではなかったのよ?」


 獣人は多くが狩猟民族である。

 中には農耕をしている人もいるがその規模は大きくない。


 なので王国も最初は利用していない土地を開墾させてほしいと交渉を持ちかけたのだ。

 ただ獣人は自分たちの縄張りであるという意識が強く交渉に応じなかった。


 そこからどうして獣人との戦争になったのか、詳細を知るものは今となっては存在しない。


「何かが一歩違えば獣人と普人が仲良く暮らす国になっていたかもしれないわね」


「……これからでもそうなればいいですね」


「そうね……あなたのような偏見のない目をした人がいてくれたらそんな未来もあるかもしれないわね」


 しかしジは知っている。

 このままではそんな未来などを来ないことを。


 過去に獣人は大規模な侵攻を見せた。

 獣人の王が多くの部族をまとめ上げて南下してきたのである。


 この時ばかりはジも獣人を恨むほどの戦争になった。

 甚大な被害を受けながらも王国は戦争に勝利した。


 獣人は大打撃を受けた。

 民の不満も非常に高くて多くの獣人が命を散らすことになった。


 残された獣人も捕らえられて長く続いた北方の蛮族との遺恨は凄惨な結末を迎えたのである。

 何もしなければ獣人との間に戦争が起こる。


「俺に出来ることはします。たとえ尻尾があろうとなかろうと分り合えるはずだと思いますから」


 だがジは獣人との戦争も起きない方がいいと思っていた。


「ジがやるってなら……やっちゃいそうだから怖いよね」


「そうだね、また危ないことしそう」


 何か未来を見るように真っ直ぐな目をしているジにウルシュナとエは少し呆れ顔だった。

 危ないことはしないなんて言う割にまた何かしそうな雰囲気がしている。


「……少なくとも私たち……私はあなたと仲良くしたいわね」


 サタラは笑顔を浮かべた。

 なぜジがこのような場所にまで来ることができたのか理由が分かった気がした。


 明らかにふさわしくない人だと思っていたのにそれは間違っていたのだとサタラは己の見る目の無さを恥じる。

 獣人において上下を決めるのは強さである。


 わかりやすいので単なる力だと置き換えられることもままあることだ。

 けれど強さとは力強いこと、相手に物理的に勝利するような力だけの話ではない。


 弱者を思いやれること。

 何かを背負うことができること。

 困難に立ち向かえること。

 誰かのために戦えること。

 どこまでも真っ直ぐでいられること。


 心の強さもまた強さなのだ。

 ただ力があるだけではどうしようもない心の強さというものがある。


 そうした力強さをサタラはジの中に見た。


「ふふふ、私がもっと若ければあなたに惚れていたかもしれないわね」


「まだまだお若いですよ」


「口も上手なのね。あなたの周りに女性が多くいる理由が分かるわ」


 本当の強さがある男にはついていきたくなる。

 共にありたいと思ってしまうのだ。


 それに加えて弁も立つのなら惚れない理由がない。


「まーた、口説いてらぁ」


 リアーネが呆れたような顔をしている。

 ジには口説く意図がなく真っ直ぐに答えているだけなのだが、だからこそ言葉が軽くなく相手にも響くのである。


 年寄りだろうと子供だろうと関係ないのも困りものだ。


「……なんだ?」


「音が……消えた?」


 ため息をついていたリアーネの耳に届いていた音が突然なくなって洞窟が静かになった。

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