獣人が町にいた理由

 丸一日寝て、タとケが作った料理を平らげたエスクワトルタは少し警戒を解いた。

 やはりここでも強いのは人たらしの天才タとケであるがトースが信用しているということでジにも心を開いてくれた。


「どうしてこんなところにいたんだ?」


 トースもエスクワトルタも落ち着いたので話を聞いてみることにした。

 程度の差があるとはいえ偏見が根強い以上は獣人にとって首都も住みやすい場所ではない。


 迷子になってさらわれたことから考えても元々ここに住んでいたとは思えない。

 ならば何かの目的があったと考えるのが自然である。


「……恥を承知でお願いします! 私たちを助けてください!」


 口を一文字に結んで悩んでいたエスクワトルタは悩み抜いた末に顔を上げるとジの前で膝をついて頭を下げた。


「助けてくれってなにを?」


 言うなればもう助けた後である。

 エスクワトルタたちの何を助けたらいいのかジには不明である。


「私たち一族をです!」


「なんだって?」


「私たちスイロウ族は王国民なのです」


「王国民……だって?」


 ジは驚いた。

 北の蛮族である獣人とこの国の関係はよくない。


 国民である獣人がいるなんて話は過去を含めて聞いたこともなかった。


「そうなんです。今スイロウ族は危機に瀕しています。そのために私たちはここに送られたのです」


「詳しく聞かせてくれる?」


 せっかく問題を乗り越えたのにまた何か重たい話になりそう。

 もうエスクワトルタとは関わってしまったのだからここで引き下がるつもりもない。


「ありがとうございます、恩人様」


「ジでいいよ」


「はい、分かりました、ジ様」


「うーん、まあいいや」


 様をつけて呼ばれるとむずがゆいような感じはあるが今それを細かく指摘する必要もない。


「私たちはこの国の北西部ある水源地に住んでいます」


 この国の西側には大きな川が流れている。

 主な水源は北西部にあって、そうした川の水がジたちの生活の水にもなっている。


 エスクワトルタによるとスイロウ族という獣人の一族はそうした川の水源地の周辺に住んでいた。

 今は国民として水源地を守る役目を任されているスイロウ族であったが今そのスイロウ族が危機に瀕しているらしい。


「不届き者が現れて……」


 水源地付近は自然が豊かであり、美しい羽を持つ鳥や貴重な薬剤の材料になる角を持つシカなどが生息している。

 スイロウ族はそうした魔物の保護や密猟者の取り締まりなんかもしていた。


 先日水源地に密猟者が現れた。

 いつものように密猟者を倒していたのであるが密猟者たちは逃げることなくなんとスイロウ族を攻撃してきたのである。


 しかもただ攻撃するのではなくひどく痛めつけた挙句に捕獲していたのだ。

 その目的はおそらくエスクワトルタが捕まったのと同じであるとジは考えた。


 このままでは水源地を守るどころかスイロウ族そのものが危うい。

 水源地を守り、国の臣民であるためにスイロウ族も国の保護を受けられるので国に助けを求めようとなったのだ。


 ただ密猟者がいつ襲ってくるかも分からないので助けを呼びに行かせる人員にも多くの人数を割けない。

 大人数人を向かわせることにしたのだが子供の中でも足が速かったエスクワトルタも同行することになった。


 子供が本気で逃げると捕まえるのは意外と難しい。

 エスクワトルタも役に立ちたいと言っていたのでもしもの時のためだった。


 姉が行くなら自分もとトースも泣きついてトースも行くことになった。


「ですが途中で密猟者に襲われて、なんとか逃げたら今度魔物に」


 まるでそうすることが分かっていたかのように密猟者が待ち受けていた。

 大人たちが戦ってなんとか逃げ出したのだけどその先で運悪く魔物と遭遇してしまった。


 再び大人たちが奮闘し、エスクワトルタとトースはなんとか魔物からも逃げることができた。

 大人たちがどうなったのかも分からないけれどエスクワトルタはトースを連れて助けを求めるために首都までたどり着いた。


「……お城に行こうとしたんですけど途中で見つかって……追い出されて……」


「あー……」


 おそらく貴族街で追い出されのだろう。

 貴族街は城近くの奥まで行けば余裕のある貴族たちがいるのだが平民街に近いところに住む貴族は度量の狭い人も多くいる。


 中には多少小汚い格好をしているだけで怒って貴族街から追い出そうとする人もいる。

 ジも多少苦い記憶がある。


 オランゼのところで働き始めた時に綺麗なローブを用意してもらったのもそうしたことがあるからだった。

 どうしたらいいのかも分からなくなってしまったエスクワトルタは町中をさまよった。


 そしてその結果がエスクワトルタは犯罪組織にさらわれてしまったのである。


「あー…………」


 これはジ1人で解決できる問題ではない。


「ユディット」


 ジは座っていたイスを降りて部屋のドアを開けた。

 ドア横にはユディットが立っている。

 

 エスクワトルタが嫌がるのでユディットは部屋の前に立っておいてもらっていた。


「はい、なんでしょうか?」


「出かける準備。馬車回してくれるかな?」


「承知いたしました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る