閑話・悪人面の密かな趣味3
「まあ待ってください。それは1番重たい場合の話です。例えば更生の見込みありとなれば身元引き受け人の下で更生に励む、なんてこともあります」
「…………結局何が言いたいのですか?」
「親しい親族はなく、友人も遠くにいるようですね」
「はい……」
「身元引き受け人になってくれそうな人はいない」
「う……その通りです」
「トードスマイル、俺の下で働いてみるつもりはありませんか?」
ジは本題を切り出した。
ジがイグノックスに面会を申し出た目的、それはイグノックスを引き入れようとしていたのである。
人物調査報告書を読み、トードスマイルである事に気がついたジはイグノックスの才能をこのまま潰すのは惜しいと思った。
実際面と向かって話し合ってみてわかった。
イグノックスは悪人ではない。
辛い人生を歩んできて、少しの不幸から道を踏み外してしまったにすぎない。
まだ真っ直ぐに歩くことのできる人であると感じていた。
「わ、私が……?」
「……俺には服をプレゼントしてあげたい人も多い」
エを始めとしてタとケ、リンデラン、ウルシュナなど可愛いドレスを喜んでくれそうな人が思い浮かぶ。
「さらに今は劇団も抱えていてね。見栄えがいいドレスも必要なんだ」
ちょうどミュコに衣装も新調せねばならない。
「服を作ってほしい。あなたの自由に、あなたの考えで」
「私の自由に……」
イグノックスは胸が高鳴るのを感じた。
まさか服を作ってほしいなどと言われるとは思ってもみなかった。
「わ、私でいいんでしょうか……こんな醜い、私が……」
「今のままではダメですね」
「えっ……」
「もっと自信を持ってくれないと。これは自分が作ったんだと胸を張って言えるようなあなたに作ってもらいたい」
せっかく涙が引っ込んだのにまだ目頭が熱くなるのを感じた。
「ダメでも追い出したりはしませんよ。俺の仲間になってみませんか?」
こんなこと、初めて言われた。
そうイグノックスは思った。
捕まってもう人生が終わったと絶望していた。
一方で気恥ずかしさと一度買ってしまったことによる自制のきかなさで奴隷をまた買ってしまうことに終わりを迎えて安心もしていた。
そんな時に不思議な少年から持ちかけられた話と温かい言葉はイグノックスの胸に痛いほどに染みる。
「もちろん奥さんと子供のことも考えてあります」
「どうするんですか?」
「……残念ながら奥さんとは離婚していただきます。その代わりに息子さんに家督を譲って、今回の罪を全て認めることであなただけが罰せられることでしょう。
人身売買はしたけれど奴隷の扱いは酷いものではなかったので酌量の余地はあるはずです。そこで俺が身元引き受け人として手を上げれば首都にある財産の没収ぐらいで済むはずです」
実は事前にセードナーとも話してきていた。
セードナーとしては犯罪組織の方を潰せれば十分なのでイグノックスの合意を得られるならばと教えてくれたのだ。
「あなたはイグノックスではなくなりますね。ベスダナー、あるいは好きな名前にしてもいいですよ」
「そんなことが……本当に可能なんですか?」
「俺が可能にしてみせます」
これまでにこんな真摯に向き合ってくれた人はいない。
信じてみたいと思わせられる。
「ベスダナーって名前は……可愛くありません。後で新しい名前にしたいです」
「それもいいと思いますよ」
「私の能力が役に立つというのならいくらでもお使いください。妻と子のこともお願いいたします」
「ええ、任せてください」
最初トースと出会ってからこんなことになるとは思わなかった。
けれど思わぬところで拾い物を見つけたとジは思った。
見た目はともかく、心が良い人なら周りと馴染むこともできるだろう。
今度は悪人ではなく善人として生きていけるようにしてあげたい。
ジはなんと新たな仲間を手に入れたのであった。
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