閑話・悪人面の密かな趣味2

「ど、どうしたらよがっだんですが……」


 号泣するイグノックスにジも多少ドン引きする。


「あなたは悪人じゃないはずなのにどうして悪人のように振る舞っていたのですか?」


「それは……私自身を守るためです」


 イグノックスはポツリポツリと話し始めた。

 イグノックスは悪人どころか生来の善人であった。


 しかしイグノックスは顔が悪かった。

 笑えば人が引いていくし無表情だと怖いと言われるような顔立ちであったのだ。


 怖いと言われるぐらいならといつも笑っていたイグノックスであったが人はそんなイグノックスに近づかなかった。

 善人であるイグノックスは大きく気づいていたけれど怖いと言われるよりマシだったのだがいつでもヘラヘラと笑っていると見るやイグノックスをひどく傷付けるような人まで現れ始めた。


 そんな時にイグノックスの祖母がイグノックスに行ったのだ。


“あなたは悪人になりなさい”


 本気で悪い人になれというのではない。

 イグノックスの考えとは逆で怖いと周りに思わせておきなさいというのである。


 少なくとも周りに舐められるようなことはなくなる。

 それにヘラヘラとしているとこれまでのように舐めてかかった人しか近寄ってこない。


 怖いと思いながらも近寄ってきてイグノックスの人の良さを知って側にいてくれる人と友人になるほうがいいとアドバイスした。

 その時からイグノックスは自分を偽った。


 偽った、というよりは無駄に笑顔を浮かべることをやめて少し険しい表情を心がけるようにしたのである。

 そうしていると友人もできた。


 イグノックスと同じように見た目で勘違いされるような人で、若干素行の悪さはあったがそれでも心根は優しい友人だった。


「それでも色んなことを噂されました」


 イグノックスがいろんな犯罪をやっているような噂が流れた。

 大体が嘘であったのだけど、時には他人がやったことがイグノックスがやったことだとされていたりもした。


 あえて噂は否定しなかった。

 否定するような相手もいなかったし悪い噂が立つほどに悪い奴はイグノックスに近づかなかった。


 一方で本当に悪いような人は比較的真面目に過ごしていると接近してくる機会もなかった。

 家の勧めで結婚して、子までなして、それなりに平穏な人生は歩んできた。


 それでもどこか心には満足したものがない人生だった。

 そんな時に人生の転機が訪れた。


 イグノックスの男性としての機能が役に立たなくなったのだ。

 長らく使っていなかったものであるがイグノックスの中ではそれが大きな衝撃であった。


「それで……なんとか回復しないかと女性を買ってみたんです……」


 無理に事に及ぶつもりは一切なかった。

 けれど綺麗な女性を見れば男性としての自信を取り戻せるかもしれないと思った。


 多少自暴自棄になってそうしたのだがイグノックスの機能は回復しなかった。

 けれど何人か女性を買って、着飾らせている中でイグノックスはふと思い出した。


 自分は可愛いものが好きだったと。

 今更可愛いものを集める気にはならなかったけれど女性を着飾るためと自分に言い訳をして服を買い集めた。


 女性が可愛い服を着ているところを見ていたら忘れた青春が再び花開いたような気がしたのである。

 やがてその欲望は肥大した。


 より可愛い服を、より女性を引き立てる服をと思う内に既成の服では満足できなくなった。


「トードスマイル……あんたが作った服ですね?」


「そ、それをどうして……」


 イグノックスが驚きに目を見開いた。

 既成の服では満足できなくなったらどうするか。


 自ら服を作るのである。

 心が満たされていくのを感じた。


 可愛らしい服を作り、それを可愛らしい女の子が着て、より可愛らしくなる。

 機能が回復することはなかったけれど人生の中でこれまでにないほどに心穏やかで満たされていた。


 作るばかりでは服は溜まっていく。

 服を作っているなど恥ずかしくて他にも言えないイグノックスはこっそり服を売り払っていた。


 イグノックスが作った服には目立たないように可愛らしく笑顔を浮かべるカエルの刺繍が入れてあった。

 一部の人の間になっていたトードスマイルの刺繍の服。


 その製作者がイグノックスであったのである。

 トードスマイルのことは情報ギルドではなくジの過去からの知識で気がついたのだ。


 ジの記憶によるとトードスマイルはこの先も存在していてプレミアがつくような服になる。

 とある貴族がトードスマイルのドレスを巡って争いになったり偽物まで出回って問題になっていた。


 安い酒場では服にはそんな金出すなんて分からないよな、なんて笑い話だった。


「自分がどうなるか分かっているか?」


「……どうなるんでしょうか」


「人身売買はこの国では重罪だ。程度によっては貴族身分の剥奪の上で死刑……ということもあり得る」


「そんな! 妻や子は関係のない話です。身分を剥奪されてしまったら……」


 貴族としての身分を剥奪されてしまったらイグノックスの妻や子は急に全てを失って野に放たれる事になる。

 路頭に迷ってしまうことは想像に難くない。

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