閑話・悪人面の密かな趣味1

「お久しぶりです」


「君は……あの時にいた少年だね」


 後日ジはイグノックスとの面会を要求した。

 イグノックス側から拒否もされなかったので面会が実現した。


 ニノサンとユディットの2人を連れてイグノックスの正面に座る。

 イグノックスは手足を拘束されていてやつれた顔をしていた。


 しかし心なしかその表情に暗いところはなく、弱々しいがどこか清々しさも感じる笑顔をうかべている。


「そうです。フィオス商会のジと申します」


「……どうして君はあんな場に?」


 イグノックスはジが何者なのか疑問に思っていた。

 パージヴェルと並び立って踏み込んできて、エスクワトルタをなんとか宥めようとしていた姿が印象的で覚えていた。


 肩書きを聞いて余計に謎が深まる。

 子供が商会に所属しているということはまだ理解できる範囲だとしても商会に所属しているような子供がどうしてあのような場にいたのか疑問でならない。


 納得できるような理由の一つも思いつかない。


「頼まれたからさ」


「頼まれたから?」


「あんたが買ったあの女の子の弟とたまたま知り合ってね。お姉ちゃんを助けてほしいっていうから色々調べて、あんたにたどり着いたのさ」


「……なるほど。それにフィオス商会か……」


 なんとなく聞き覚えがあると思っていた。

 今時代の先をゆく超新星の商会。


 とんだ虎の子に手を出してしまったのだとイグノックスは己の不運を笑う。

 ジがトースに出会ったのは偶然の産物であるが結果的にジが知り合ったトースの姉であるエスクワトルタに手を出してしまったためにイグノックスは捕まることになった。


「……悪いことなどするものじゃないな」


 いつかこうなるとは思っていた。

 悪事はどこからかバレる。


 悪事をやることを止められなかった己が悪事を隠し切れるはずなんて出来はしないのである。


「まあ何でもいい……私を止めてくれたことには感謝すらしているぐらいだ。だが……何の用で面会に?」


 ジの正体は分かった。

 なぜあの場にいたのかも理解した。


 けれどわざわざそのことを説明するために面会に来たのだとは思えない。


「聞きたいことがありまして」


「何を聞きたいだい? 話すべきことは全て話した。もう私に聞くべきことなどないだろう」


 イグノックスの面会が許された理由にイグノックス自身が協力的なことも挙げられる。

 暴れることはなく、捜査の質問には丁寧に答えた。


 暴力的な傾向も見られなかったので面会で話すぐらいはいいだろうということなのである。


「色々聞きたいんです」


「これは?」


 ジは目の前のテーブルの上にヒモでつづられた資料をパサリと置いた。

 見える表紙には何も書いておらずイグノックスには何なのか分からない。


「これはあんたのことを調べたものだ」


 一枚ページをめくると人物調査結果と書いてある。

 情報ギルドがイグノックスについて調べたものである。


 犯罪組織に踏み込むのも早く、そのままイグノックスのところにもすぐさま向かったので無駄になってしまったのだけど頼まれた調査はしたとソコが持ってきた。

 少しばかり気にはなっていたので他人の人生を覗き見る罪悪感はありながらも調査結果を読んだ。


 イグノックスという人が気になっていた。

 行っていた趣味は変態なのであるがそこにも関わる。


 最も気になるのは逮捕された時の目だった。

 過去も含めるとジは悪人というものを腐るほど見てきた。


 大悪党は縁がなかったのであまり関わったことはないがクソみたいな人間からそれなりに重罪に手を染めた人など色々な人がいた。

 目を見ただけでその人がどんな人なのかと見抜くような卓越した鑑定眼はジにはない。


 けれど悪人という人は何となく分かることが多い。

 どの人も濁ったような目をしていたり怪しい光が目の奥に見えるものなのだ。


 しかしイグノックスにはそうした悪人臭さが見受けられなかったのである。

 逮捕された時にはホッとしたような目をしていた。


 その反応はむしろ善人のもののように見受けられた。


「あなた……本当に悪人ですか?」


 なんとなくだけどジはイグノックスが悪人だとは思えなかった。

 以前に受け取った報告に軽く書いてあった感じでは性格は悪いと書いてあった。


 しかしそれがイコール悪人というものではない。

 人身売買は悪行であるがイグノックスによると買った奴隷も暴行などを加えたりせずに服を着せ替えては、最後にはさらに売ったりするのではなく逃してやるというある意味異常な行動を繰り返していた。


 報告書にもイグノックスの過去は書いてあった。

 周りからイグノックスは悪人と言われていた。


 態度、性格は悪く卑怯で卑屈。

 友達はいなくて誰にも嫌われる存在。


 けれどその一方で具体的被害を探してみると何もないのだ。

 イグノックスが他人を害したエピソードが見つけられないのである。


「……悪人を装っていたんですか?」


「う……うぅっ!」


「ええっ……?」


 ジの言葉を受けてイグノックスの目がウルウルとし出して、あっという間に大粒の涙を流し始めた。

 大の大人がいきなりボロ泣きし始めてジは困惑を隠せない。

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