エスクワトルタは無事なのか

 貴族街の中間ほどにイグノックスの邸宅はあった。

 場所的には新興貴族や力のない貴族というよりも意外と金はありそうな貴族であった。


 突入する。

 そうパージヴェルは言った。


 しかしそれはただ無鉄砲な考えなのではない。

 正面切って訪ねていって奴隷を買いましたかと聞いたところで答えるはずがない。


 下手すると証拠の隠滅をされてしまう可能性もある。

 最悪の場合エスクワトルタを消してしまうということもあり得ない話ではないのだ。


 逃げられないように、エスクワトルタに手を出されないようにするために突入するのである。

 国の方の騎士は難色を示したけれどセードナーもいないのでパージヴェルを止められるのはジぐらいである。


 けれどジも突入することに賛成なので結局止められる人はいないのである。


「ん? 止まれ! 一体なんの用でしょうか?」


 貴族街のど真ん中でそうそう事件も起きはしない。

 ヘギウス家やゼレンティガム家のような大きな家ならともかく中小貴族で四六時中門番を立てておく必要もない。


 そもそも門なんてものもないような邸宅もあるのだけど一応イグノックスの邸宅には門があった。

 来客に対応して門の開閉をする守衛が中に1人いた。


「パージヴェル・ヘギウスだ。至急イグノックス卿にお会いしたい」


 ただ平穏に門を突破できるならその方がいい。

 まずはパージヴェルが平和的な開門を試みる。


「お約束はおありですか?」


「いや、ない。だが急ぎの用事だ。今すぐ門を開けてほしい」


「……ふぅむ、少々お待ちください。確認して……うっ! 何をなさるんですか!」


 平和的な交渉の時間は短い。

 パージヴェルが会いにきたというだけでバレる可能性は低いが万が一はある。


 門の隙間から手を伸ばしたパージヴェルは守衛の胸ぐらを掴んで引き寄せた。


「言っただろう……時間がないとな」


「こ、このような暴挙、許されるはずが……」


「許されなかったのならその時は責任を取ろう。だが今は少女の命がかかっているのでな」


 パージヴェルは守衛の頭を掴んで門に打ち付けて気絶させる。

 門に手をかけると鍵も閉まっていない。


 一々鍵を開け閉めするのも面倒。

 こうして門があっても実際見かけだけなことも少なくないのである。


「開いたぞ」


 少し離れて見ていたジたちもパージヴェルに合流する。


「国による調査だ!」


「イグノックス男爵はどこにいる!」


 いきなり屋敷の中に騎士が踏み込んできて騒ぎになる。

 ざわつく使用人たちに国による踏み込み調査だと伝えるけれどイグノックスの姿はそこにはなかった。


「ご、ご主人様なら一階の奥の部屋に……」


「ジ、向かうぞ」


「はい」


 騎士たちに使用人は任せてジたちは一階の奥の部屋に向かう。


「任せてください!」


 パージヴェルの手に炎が燃え上がった。

 けれどパージヴェルが扉を吹き飛ばしてしまうとエスクワトルタの身の安全も保証できない。


 ジが剣を抜いてパージヴェルの前に出る。


「はっ!」


 一階にある1番奥の部屋の扉をジが切り裂く。


「ふふふ、良い姿ではないか……」


「エクスワトルタ!」


「なっ、なんだ貴様ら! ここをどこだと思って……」


 部屋の中には男と少女がいた。

 いかにもブサイクな面をした男がいやらしい笑みを浮かべている。


 次の瞬間パージヴェルの拳がイグノックスの顔面を打ち抜いた。


「エクスワトルタ、大丈夫か!」


 地面にへたり込んだまま動かないエスクワトルタにジが駆け寄る。

 もっといけない光景も覚悟していたけれどエスクワトルタはまだ服を着ていた。


「く……」


「く?」


「屈辱……だ……」


「はい?」


「こんな服……」


 服を着ている。

 それどころかエスクワトルタはどピンクの非常にフリフリとした可愛らしいドレスを着ていた。


「こんなことって……ないよ……」


「…………何が?」


 ーーーーー


 イグノックスは不能だった。

 数年前から男性としての性的機能が全く働かくなっていた。


 だから奴隷を買い始めた。

 自身の機能を回復させて再び男性としての尊厳を取り戻そうとしたのである。


 ただそれも最初の頃だけの話であった。

 どんな女性、あるいは男性を買ったとしてもイグノックスは回復しなかった。


 しかしそうした中で新たな趣味が生まれた。

 見た目の変化をと思って買った奴隷にさまざまな格好をさせていたのだけれどそれが段々と楽しくなってきた。


 時に豪華に、時に可愛らしく。

 買った奴隷を着飾らさせた。


 喜んだりする人もいれば恥ずかしく思って照れたり、あるいはエクスワトルタのように強く拒絶する人もいた。

 どんな反応もイグノックスは喜んだ。


 むしろ黙って着られるよりも嫌だと反対されるぐらいの方が嬉しいとまで感じていた。

 色々な人を時々買っては服を着せ、新鮮さがなくなると解放していた。


「いつか……こんなことになるとは思ってた」


 どうして獣人を買ったのか。

 それは以前購入した服の中に獣人のミミを模した装飾品があったからであった。


 それを付けさせることにもなかなか興奮して実際の獣人に服を着せてみたいとなったのである。

 ジもパージヴェルも呆れるしかなかった。


 けれど結果的にエクスワトルタは無事だったといえる。

 フリフリの服を着させられて尊厳は傷ついたようであるが想像していたような目には遭わずに済んだ。


 イグノックスは人身売買をしたことをあっさりと認めて逮捕されることになった。

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