退かぬ時もある5
これほど誠実な主君はいるだろうか。
自身の商会の独自商品を他の国の王様が買ってくれる機会などまずない。
向こうが全面的に折れてくれているのにそれでもジは人を思い、自分の信念を貫こうとしている。
これが自分の主人だと叫んでしまいそうになるのをニノサンは必死に抑えていた。
「だからご予約はお受けしますが他のみんなをおいて馬車を作ることはどうかご容赦ください」
最初はある程度のところで引き下がって仕事を引き受けた方がいい。
そう口を出そうと思っていたイスコは反省していた。
利益だけを考えればクオンシアラの話を受けた方がいい。
だがそうすると予約をして待ってくれているお客様を裏切り直接的ではなくとも寒さに苦しんでいる人たちを見捨てることになる。
目の前のお金に囚われないこの姿こそ商人なのではないか。
イスコがやろうとしていたことはイスコをかつて蹴落とした連中と同じ。
例え王を前にしても揺るがない、退かない姿勢に口など出せるはずがない。
「ならば予約させてもらおう」
「父上?」
「よい、クオン」
睨み合いにも似たような時間が続いて、ブラーダが静かに口を開いた。
「大変見上げた男である」
王。
そう思った。
優しいがどこか寂しさすらあるようなブラーダの目を見てジは姿勢を正した。
クオンシアラも威厳があって負担にならないような威圧感があったけれどブラーダそれよりも深みがあった。
長年王位についてきた者の全てを飲み込むようなオーラがある。
もし最初からブラーダがこうした態度で接してきていたのならばジは断ることができなくてそのまま引き受けてしまっていたかもしれない。
「私の若い頃にそのような気概や信念があっただろうか……」
目を閉じて考えるブラーダ。
誰もがブラーダの言葉を待ち、許可なく言葉を発せない空気があった。
「この年になると馬車も楽ではない。
そうした時に貴公の話を聞き、馬車が欲しいと思った。
もちろんこの国に招待するに足ることをしてくれてもいたのだから招待したいと私が大きく貴公を推した。
だがこうして話してみると印象が変わった。
優れているのは商品ではない。
ジ商会長、貴公自身が優れたる人であった」
「ありがとう……ございます」
ブラーダの臣民でもないのにひざまづいてしまいそうになる。
しかしジはあえてブラーダの目を真っ直ぐに見て感謝を告げた。
「信念、信条、本気でこれを持つものを折るのは容易いことではない。
ならば我々は貴公のルールに従おう」
ジは武力じゃ脅せない。
かといってお金を積んでも動かない。
大切な人に手を出せば恨まれることだろう。
馬車は作って終わりではない。
メンテナンスをすれば長く保てるがそれでも消耗してしまうことは避けられない。
今のところフィオス商会でしか扱っていない商品であってジを怒らせればそれきりの関係になってしまって後々困る。
ならばブラーダに出来るのは大人しくジを受け入れることだけである。
男であり、商人であるジの信念を尊重することこそ最良の関係を築く上で必要なものと判断した。
「だが馬車は早く手に入れたい」
「そう言われましても……」
「クオン」
「はい?」
「我が国から行っている支援を少し拡大しよう」
「父上……」
「そ、そんな……」
「貴公の国が安定すれば良いのだろう?」
ブラーダは穏やかに笑っている。
食糧危機から始まって未だにいくつかの国からは支援を受けていた。
国の状況としてはかなり安定してきて支援から対等な交易にそのままシフトしている国が多い中でモンタールシュは未だに支援国であった。
建国祭への招待などを通じて国交を深め、これから単なる支援の関係から脱却しようとしていた。
それなら最後に大きく支援をして早く国難を脱してもらったほうがいい。
交易を始める上でも相手国が安定している方がいいし支援をしてジの商会が活動再開してくれればブラーダにとっても利益がある。
「父上、今の王は私ですよ」
「なんだ、父のささやかな願いも聞けない王なのか?」
「どこがささやかなのですか?」
クオンシアラは困り顔を浮かべている。
それだけではなく財務担当の人たちも困惑を隠せていない。
「幸いこちらは暖かい。
今年は特にだ。
蓄えていた燃料があるだろう?
少し支援に回したところで問題はなかろう」
「ううむ……確かにそうですが……」
「クオン……お願い」
「はぁ……その可愛くないお願いやめるのなら考えます」
「ふふふ、ということだ」
結局クオンシアラが折れることになってブラーダは満面の笑みを浮かべた。
「予約の話をしようか。
どのような馬車があるのかも気になる」
「あ、はい。
イスコ」
「うぇ、ああ、は、はい!
それでは説明させていただきます」
あんな緊張する空気感見せられた後にいきなり話を振られてイスコが驚く。
しかし商会長であるジが頑張ったのだから自分もやらねばならないと自身を奮い立たせて用意していた資料などを見せて説明を始める。
「さすがでございます、我が主人」
人目がなかったら感動で涙していたかもしれない。
誇らしい気持ちになりながらニノサンはビシッと護衛を務めていたのであった。
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